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タイムマインド(潤一編)(83)


       二十六

 卒業式の前日の夜、僕がカレーライスを食べていると、グレーのスーツを着た母がリビングに入ってきた。
「明日はこんな感じでいいかしら」
 わざわざ買ったのだろう。張り切りすぎだろと思うが、親にとっては、うれしいイベントの一つかもしれない。
「まあ、それでいいんじゃない。何を着たって変わらないよ」
 皮肉を口にしてみたが、母はおかまいなく、袖や足もとをチェックしている。子どもみたいな仕種に、僕はぷっと噴き出した。
 八時の番組がはじまり、テレビから大げさな笑い声が響く。和洋折衷のセットを背景に、誰もが知っているタレントが司会を務めていた。「みのぽん太」だ。白髪まじりの髪をオールバックにして、藍色のジャケットに身を包んでいる。今夜はどんなミステリーに迫りましょうか、などと言って、観客を沸かす。
 この番組の趣旨は、「現代の謎を解き明かす」というもので、先週は多重人格を取り上げていた。そこそこ人気のある番組で、僕も暇さえあれば観ていた。
『今夜の謎はこれだ!』
 司会者が叫ぶと、画面に「前世!」のテロップが出された。
 僕はため息を漏らした。
 最近、前世がちょっとしたブームになっていた。前世療法を施してくれるクリニックは予約殺到、前世にまつわる本もベストセラー……近々、前世をテーマにした映画も公開されるらしい。
 実際に前世療法を体験した僕からすれば、本もテレビも、嘘つきだった。番組を盛り上げるために、脚色に脚色を重ねているようだった。
 今日のみのぽん太のもそういう類だろうな。僕はまたため息をついた。
「へえ、おもしろそうね」
 母がソファに座りながら言った。
 輪廻転生は――アジアでは、とくに経済的にきびしく、教育もままならない村落で発生している、とナレーターが説明する。僕は、おっ、と思ったが、スタジオに「五百年前の記憶を所持している男」が登場してきたあたりから、さすがにうんざりした。残りのカレーを平らげることに集中する。
 しばらくして、母がすっとんきょうな声を上げた。
「長谷川先生が出てるわよ」
 驚いて、テレビを見た。
 ぼさぼさの髪、頬の肉に押し込まれてしまった目、つぶれた鼻、肉厚な唇、顎を覆う髭――画面にクマ先生が映っている。前世の情報のほとんどが間違いだ、と怒鳴っている。
 クマ先生らしいな。僕はそうつぶやきながら、笑った。

 風呂から上がると、パソコンの前に座った。ひさしぶりに長谷川クリニックのホームページを見てみよう、と思ったのだ。
 マウスをクリックさせていると、とことことロッベンがやって来た。
 以前と変わらず装飾はあまり施されていない。が、いやしくも「祝! テレビ出演!」と書き込まれていた。僕は苦笑した。
 ――掲示板でも見てみるか。
 そこではクマ先生にお世話になった人たちが感謝の気持ちを書き込んでいる。どうやら評判はいいようだ。
 画面をスクロールさせていくと、ふいに、ある文章が引っかかった。僕は顔をパソコンに近づける。

『「前世で愛した人へ」 カラス(仮名) 女性 十代
 先生、いろいろとお世話になりました。最初はかなり緊張したけれど、先生のやさしい誘導に、落ち着いて前世療法を受けることができました。
 あたしがこの掲示板に書き込んだ理由はほかにもあります。ある人に伝えたいことがあるからです。
 案山子君、見てる?
 あたしは最近、前世療法を受けました。あなたの言葉をたしかめるために、受けたのです。
 二年前──高校一年生のときの文化祭で、あたしはあなたに傷つけられました。案山子君があんなふうになるなんて、信じられなかった……でも、あのときの、あなたの必死さが、あたしを前世療法へと向かわせたのだと思います。
 前世を見終わってから、あたしは、案山子君が言っていたことは本当だったんだなと思いました。
 たしかに前世体験は感動的でした。二人の「愛」は、激しく、案山子君を愛していました。あたしは彼女たちに涙しました。
 だけど、だからといって、あたしは、案山子君に何もしてあげられない。あたしは「愛」じゃないから。「カラス」だから。
 カラスは、案山子が苦手だから、そこには行けません。
 あなたはあたしを好きだって言ってくれている。正直、うれしいよ。でもね、あなたがあたしを気にかけてくれているのは、たぶん、義務感なのだと思う。本当の愛じゃないと思うんだ。
 あたしはあなたの前世の彼女だったから──だから、好きなんでしょう?
 そういうのは、違う。いくら考えても、違うとしか思えない。
 前世のときに恋人だったとして、義務を感じるのは、どうかな。空しいだけじゃないかな。本当に好きだったら、前世とか、そんなの必要なくない?
 あたしのことなんか忘れてください。「今」に生きてください。あたしも「今」を大切にします。
 最後に――前世のあたしを愛してくださって、ありがとう。
 でも、あたしはあなたをすっかり忘れていました。ごめんなさい。(笑)』
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