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タイムマインド(潤一編)(81)


       二十四

 文化祭の日以来、宮崎初美は僕を避けるようになった。それもそうだろう、あんなにもひどいことをしたのだから。
 焦れば焦るほど、何事にも集中できなくなった。彼女の首を絞める夢を見て、慌てて飛び起きる、ということが何度もあった。
 時間が急速に過ぎていった。あっという間に春になり、夏が来た。

 ある日、僕は鳥取の大竹静子さんのうちに電話をした。初瀬惣一、初瀬惣次、そして僕──三人の人生を生で見ている彼女に救いを求めたのだ。
「あら、ずいぶんとご無沙汰だったわね。元気にしてる?」
 彼女の声は、僕の心を落ち着かせてくれた。
「はい。静子さんも元気ですか?」
「今日はあなたの声が聞けて、とてもうれしいわ」
「なんだったら、これから毎日電話しますよ」
 ふふふ、と、彼女の上品な笑い声が響いた。
 しばらくの間、世間話をしてから、僕は宮崎とのことを話した。彼女を早川愛美の生まれ変わりだと確信したところから、文化祭の日に起こったできごとまで話した。
 つらかったでしょうねぇ。静子さんは、そう言った。よく辛抱したわ。そんなに苦しんだら、じゅうぶんよ。
「でも、宮崎はいまだに僕を避けるんです。僕はどうしたらいいのかわからないんです」
「彼女にしたら、まだあなたを許す気にはなれないのかもしれないわね。……うち、久野君は、とてもまっすぐな人だと思うの。文化祭では、そのまっすぐな気持ちが、変な方向に進んじゃったのよ。前世の気持ちに応えようとして。偽れない人ほど、暴走しやすいから。兄が――そのタイプだったわ。これからも誠実な気持ちでいなさい。彼女も、いつかほほえんでくれるでしょう。絶対に」
「……宮崎が許してくれたとして、そのあと、僕はどうすれば?」
「そのあと、って?」
 僕は黙り込んだ。
 しばらくしてから静子さんが、
「もしかして……」
 と言った。
「あなたはまだ、惣一や惣次のことを気にしているの?」
 僕は反射的にケータイを強く握りしめた。
 すると彼女は笑った。
「本当に真面目な人ね。愚直と言っていいくらい。もう、忘れてもかまわないと思うわ。惣一たちは怒らないわよ。だって、死んでるんだもの」
 僕は思わず噴き出してしまった。
 そうじゃない? と静子さんはおどけて言う。
「惣一も惣次も、愛子さんも愛美ちゃんも、みんなあの世で仲よくやっているわ。もうあなたの中にはいないから、安心して、自分の人生を歩んでいって。ね、わかった?」
 はい。僕ははっきりと返事を返した。
「あなたは、前世からつづいている出会いを運命だと思っているようだけれど、それだけに縛られないで。あの二人のためによくがんばってくれましたね。兄たちの代わりに、うちが言うわ。……ありがとう」
 机の上に、涙が一滴こぼれた。
 前世のことばかりにとらわれるのは、やめよう。これからは自分自身の気持ちと向き合っていこう。見逃していたものに気づくかもしれない。わからなかったことがわかるかもしれない。大切なものを見つけられるかもしれない。
 静子さんにお礼を言って電話を切ると、なぜか、じっとしていられなくなった。
 どこに行くの? と、リビングから母が顔を出す。ロッベンがはずむようにやって来た。
「ちょっと走ってくる!」
 僕はそう言って玄関のドアを開けた。
 マンションを出ると、多摩川に向かって走る。全力疾走で。ロッベンも懸命についてくる。
 西日がまぶしい。空が赤く染まっている。
 全身に絡みついていた、重く、頑丈な鎖が、すうっと消えていくようだった。
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