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タイムマインド(潤一編)(80)

「よく平気でそんなことを言えるよな!」
 言うが早いか、僕は宮崎の首を絞めた。彼女は机の上に倒れ込んだ。
 めまいが激しくなった。吐き気もする。視界に映るすべてのものが幾何学模様にゆがむ。頭の中は真っ白だった。
 すると、一瞬、目の前を何かがよぎった。さきほどの蝶が飛んでいるのだ。
 ──もう会えないと思っていたよ。
 僕はそうつぶやいた。ふしぎと穏やかな気分になれた。
 そのとき宮崎が起き上がって、逃げ出した。いつの間にか手の力がゆるんでいたらしい。僕は慌てて追いかけた。
 廊下には明かりがともっていない。彼女が突き当たりを折れるのがかすかに見えた。
 と、何者かに右腕をつかまれた。
「あれぇ? 久野君じゃん」
 楠田だった。にやにやしながら煙草を吸っている。すぐ近くにトイレがあった。どうせこそこそと煙草を吸っていたのだろう。
「どしたの? すげー気分悪そうじゃん」
 楠田は僕の腕をぐいぐい引っ張り、トイレに連れ込もうとする。僕は必死に踏みとどまろうとしたが、結局、中に連れ込まれてしまった。
 友だちを連れてきたよーん、と楠田は誰かに言った。
 そこにはしゃがんで煙草をふかしている男がいた。ニットの帽子を目深に被り、下唇にピアスをつけている。彫りの深い、いかつい顔だった。ここの生徒ではない。もしかしたら、以前バイクで騒音をまき散らしながら学校にやって来た、あの男かもしれない。
 僕は楠田に突き飛ばされ、目地に汚れがこびりついているタイルの上に転がった。頬がひんやりとした。
「こいつ、むかつくんだよね」
 友だちじゃないのか? と男は笑い、立ち上がった。
 いきなり横腹を蹴られた。僕は思わず呻いた。意識が遠のいていきそうだった。
 また革靴で蹴られた。楠田の笑い声が聞こえた。
 ──早く宮崎に謝らないと。
 蹴りをくらいながらも、僕はそんなことを思った。
 心の中で、必死に謝った。宮崎、ごめん。さっきの僕は正気じゃなかった。宮崎が言ったように、誰かに取り憑かれていたんだ。ごめん、本当に──ごめん。
 何度も何度も謝った。
 ふと、光り輝くものが見えたような気がしたが、もう、目を開けていられなかった。
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