FC2ブログ

記事一覧

タイムマインド(潤一編)(79)

 しかし、宮崎は首を横に振って、拒絶した。
「誰?……久野君じゃないみたい」
「何言ってんの? 僕は僕だよ」
「まるで何かに取り憑かれているみたいだよ」
 ふたたび心臓が飛び跳ね、鋭い痛みが走った。
 僕は怒りを覚えた。なんで素直にしたがってくれないんだ、これじゃあいつまで経っても思い出せない!
 僕は素早く宮崎の肩をつかみ、激しく揺さぶった。彼女は短く呻いた。
 怖がることはないよ、と僕は言った。
「前世を思い出すのは不安かもしれない。でも、君は奥田愛子や早川愛美の魂を宿しているということを、知らなければならない。知る義務がある」
「放して!」
 僕は宮崎に突き飛ばされた。
 どうしたら理解してくれるのだろう。僕は当惑しながらあたりを見まわした。「あの日」と「今」、違いはどこにあるのだろう。もっと完璧に演出しなければ──。
「何がだめなのかな。もしかして……たしか、あのときは……教室の明かりがついていたよな」
 ──そうだ、惣次と愛美が踊っているとき、教室は蛍光灯の明かりに満ちていた。
 僕は胸の痛みに耐えながら、スイッチを入れた。ぱっと光がともった。これで、よし。
 僕は笑顔で言った。
「今度こそ、踊ってくれるよね?」
 宮崎は反応しない。黙り込んでいる。
「早くしないと、曲が終わっちゃうよ」
 ちらっと外を見た。曲が終わってしまったら、すべてが台なしだ。
「……久野君」
 宮崎がふいに言葉をこぼした。
「もしかして、あたしに、前世を思い出させようとしているの?」
「そうだよ。今、初瀬惣次と早川愛美が踊っていた光景を再現しようとしているんだ」
「そんなことをして何になるの? もしあたしが、早川愛美っていう人の記憶を思い出したとして、それがなんだっていうの?」
 僕は目に入った汗を指の先でぬぐいながら、
「初瀬惣一と奥田愛子、初瀬惣次と早川愛美のことを話しただろ? 僕と宮崎は、その人たちの生まれ変わりなんだ。だから、ふたたび結ばれる運命なんだ」
「おかしいよ、それ」
 宮崎はぎこちなく笑った。
「そこまで前世の自分に執着しなくてもいいと思うよ」
「何も知りもしないくせによく言えるよな!」
 僕は叫んだ。
「初瀬惣一たちの気持ちがどれほど強いものだったか、僕は知ってるんだ。そして宮崎にも知ってほしいんだ。忘れている感情に気づいてほしいんだ」
「前世を思い出したら、あたしは、久野君を好きにならなくちゃいけないの?」
「別に好きになってくれとは言わない」
 僕は言った。
「初瀬惣一と奥田愛子は、未来でいっしょになるために、心中を選んだ。初瀬惣次と早川愛美は、つき合いはじめて数ヶ月後に、事故で死んでしまった。どちらの人生も満足にいっていないんだ。だから、願いを叶えてやりたいんだ」
 いいじゃん、叶えなくたって……。宮崎はぼそりと言った。
「これは、あたしたちの物語だよ。存在していない人に振りまわされるのもどうかな。前世の人の気持ちを捨てろとまではいわないけど、でも、そこまで過剰にならなくてもいいと思うよ」
 体が熱い。胸が痛い。頭が割れそうだった。
 ふと外を見た。
 なんということだろう――雨が降っていた。窓に点々と水滴がついている。生徒たちが校舎に引き返していた。
 みるみるうちに大降りとなった。「あの日」の面影がなくなっていく。
 ……信じられない。計画は失敗だ。惣次たちの思い出を、つかみそこねてしまった。もう取り返しがつかない。
 どうしてくれるんだよ! 僕は低く醜い声を発した。
「『あの日』は雨なんか降っていなかった!」
 宮崎はうっすらと笑みを浮かべていた。
「過去は過去だよ。再現するなんて、はじめから無理だったんだよ」

 裏切られた、と思った。


スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント