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タイムマインド(潤一編)(78)


       二十三

「火垂るの墓」と「魔女の宅急便」を観て、「おもひでぽろぽろ」の途中に、校内放送が入った。間もなくメインイベント、フォークダンスがはじまります、校庭に集まってください、と。
 みんなが一斉に立ち上がって教室を出ていった。仕事に行ったのだろう、母の姿はもう見当たらない。
 いよいよだな、と僕は心の中でつぶやいた。
「久野君、早く片づけないとはじまっちゃうよ」
 宮崎はそう言いながら机と椅子をもとの位置に戻している。
 僕はカーテンを開け、それから窓も少しだけ開けて外を眺めた。空には厚い雲が漂っている。雨はまだ降りそうにない。
 校庭の中央では火柱が揺れている。みんながそれを囲んでいた。定番の曲が流れるのを今か今かと待ち望んでいるようだ。
 そのとき、窓から光り輝く何かが入ってきた。目をしばたたいてからよく見ると、一羽の蝶々だった。それは黄金色の光を放っていた。
 僕はゆっくりと蝶に手を伸ばす。捕まえられないのはわかっている。案の定、蝶は光の軌跡を残しながら僕の手をすり抜けていく。
「久野君」
 宮崎に呼びかけられて、僕ははっとした。
「ぼうっとしてないで、机、運んでよ」
 僕は教室中を見渡した。蝶などどこにもいない。やっぱり幻だったのかな、と思った。その瞬間、心臓がどくんと跳ねた。全身に激しい痛みが走った。
「……でもさ、僕たちは教室にいようよ」
 僕はそう言った。なんだか自分の声じゃないみたいだった。
 え? と宮崎が聞き返す。
「この教室の真ん中で、僕と踊ってほしいんだ」
「踊るの? だったら早く校庭に行こうよ」
「いや、この教室じゃないと、意味がないんだ」
「意味がないって、どういうこと?」
 彼女は眉をひそめた。
 僕は彼女のもとに詰め寄った。怯んではいけない、と自分に言い聞かせながら。ここまで順調に来たのだ、このチャンスをみすみす手放すことはできない。
「久野君……なんか、怖い顔してるよ」
「え、そう?」
 僕は笑顔をつくったが、たちまち軽いめまいに襲われた。視界がぼやけて、冷や汗が頬をつたった。立っていられないほど苦しくなった。
「だいじょうぶ? 顔色、悪そうだけど……」
 ガタッと音がした。どうやら宮崎が机の角に腰をぶつけたようだ。
「なんで怖がるの?」
「いつもの、久野君じゃないみたいだから」
 宮崎は伏し目がちに言った。
 そんなことないよ、と僕は笑った。まだめまいはおさまりそうにない。
「それよりさ、何か思い出さない?」
「……別に。思い出すことなんてないけど」
「見覚えない? この光景に」
「ねぇ、保健室に行こうよ。顔色悪いよ」
「話をそらすな!」
 僕は少し声を荒らげた。彼女があの日のことを思い出す気配がないので、いら立っていた。
 手の甲で額の汗をぬぐい、唇を噛んで頭痛に耐えていると、馴染みのある曲が流れはじめた。「マイムマイム」だった。
 これで宮崎は思い出してくれるはずだ、と僕は確信した。
「さあ、踊ろう」
 僕はそっと手を差し伸べた。
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