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タイムマインド(潤一編)(73)

 僕はうなずいた。宮崎の足にあった赤いような、黒いような痣を思い浮かべながら。
「鳥取の、初瀬家を訪れたとき、アルバムを見たんだ。そのとき、早川愛美の写真を見て、彼女の太ももに痣があることがわかった」
「ああ、なるほどな」
 翔ちゃんはパチンと指を鳴らした。宮崎に「最低!」と罵られてから、まだ数分も経っていないのに、いつの間にか陽気な表情に戻っている。
「痣とか、受け継がれる場合があるものな」
 そう、と僕は相槌を打った。
「鳥取に行く前に、輪廻に関する本を何冊か読んだんだ。前世の自分と同じところに、同じような痣がついている、というエピソードを知って……だから、早川愛美の痣を見たとき、はっとしたんだ」
「そして今、宮崎初美の足にも同じ痣があった、というわけか」
 翔ちゃんは顎に手をあてて、めずらしく真剣な顔つきになった。まるで名探偵のようだ。
「俺はてっきり、奥田愛子や早川愛美の生まれ変わりは、河名だと思っていたのに……まさか、宮崎初美だったとはな」
 ひさしぶりに以前つき合っていた彼女の名前を聞いて、僕は少し驚いた。
「なんで愛だと思ってたの?」
「だってよぉ、名前に『愛』がついてるじゃん。愛子、愛美、そして河名愛」
 さすが「迷」探偵。
 もしかして、おまえさぁ、と、翔ちゃんは言う。
「宮崎初美のことが好きなのか?」
 僕は軽く首をひねったが、翔ちゃんはそれを肯定だと思ったらしく、長いため息を吐き出した。
「……でもよぉ、河名がかわいそうじゃね? あいつ、まだおまえのことを諦めてないと思うけどなぁ」
「もう何ヶ月も連絡が来ないんだよ。あっちだって、別の恋に走ってるって」
「おまえ……河名の純粋さを嘗めてるな」
 彼は、まるで妥協を許さない政治家のように言った。

 翔ちゃんの予想ははずれていなかった。その日の夜、偶然なのか必然なのか、河名愛からメールが届いたのだ。
『私はずっと待ってます。潤君が誰かを好きになっているとしても、誰かとつき合っているとしても』
 短い文章だったけれど、切実さと祈りに近いものが込められていて、僕は泣きたくなった。何度も愛に謝った。ごめん、もう好きじゃないんだ、と。
 メールを返そうとしたが、言葉がまったく浮かんでこなかった。しかし、このままだと愛に申しわけないと思い、僕は電話をかけることにした。数回のコール音のあと、静かにつながった。
 もしもし、愛? と呼びかけるが、返事はない。向こうの息づかいだけが聞こえる。
「……聞こえてるなら、何か言えよ」
 僕は頭をかきむしって、愛の反応を待った。時計の秒針が一周したところで、
「この電話は、何?」
 と愛は言った。涙をこらえているのが、声の響きでわかった。
「もしかして、私のもとに帰ってきてくれるっていう電話なの? それとも、別れよう、っていうこと?」
「あとの方……かな」
「いや! だったら切る!」
「ちょっと待てよ。話を聞いてくれ」
「私、デートの誘いしか受けないから!」
 電話はプツリと切れた。ツー、ツー、と、空しい音がこだまする。僕はケータイを机の上に放り投げ、ベッドに突っ伏した。
 胸が苦しくなる。自分が醜い生き物のような気にさせられた。いっそのこと、嫌いだと言ってほしいくらいだった。


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