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タイムマインド(潤一編)(69)

 母が働くスーパーは鏡餅みたいにどっしりと腰をおろしていた。中に入ると、主婦とショッピングカートに乗せられた赤ん坊の姿が目立っていた。四台のレジがあり、そのうちの一番奥に母がいた。チェックのチョッキに濃紺のスカートという格好で、顔見知りなのか、客と親しそうに話している。
 母がこちらを見たような気がして、僕はとっさに陳列棚に隠れた。見られたらばれるなと思った。が、もう少し仕事に励む母を見ていたかった。
 しばらくの間、スナック菓子を吟味する若者を装って、母の方にちらちらと視線を配った。母は客が落とした小銭を笑いながら拾っている。何度見ても、毎晩酒に執着している母親とは思えなかった。
 やるじゃん。僕はうれしくなって、このまま母の前に立って、驚かしてみたくなった。手近のスナック菓子を取り、足早でレジに向かった。どんな顔をするだろう。
 母と目が合った。いざこうなってみるとなかなか恥ずかしいものだ。僕は伏し目がちにスナック菓子をレジの台に置いた。
「潤君……」
 母は心底驚いている様子だった。
「いつ帰ってきたの?」
 予想以上の母の反応に、僕は愉快な気分になった。どっきりは大成功だ。
 しかし、今度はこっちがどきりとさせられる番だった。母が目に涙を溜めていく。たちまち大粒のしずくがぽろぽろと落ちはじめる。
 僕はひどくうろたえた。買い物かごを持った肥満体のおばさんが、けげんそうなまなざしで、こちらをうかがっている。
「何、のこのことこんなところに来てるのよ。私は、警察に捜索願を出そうかどうしようか、ずっと悩んでいたっていうのに」
 母はレジを迂回して僕の前に来た。
「お、大げさすぎるって……」
 僕は頬の筋肉をうまくゆるめることができず、おまけに声までこわばってしまった。
「ていうか、早く勘定を──」
 言いかけたところで、母は、「うわぁーん!」と子どものように泣き声を上げた。周囲からどよめきが起こった。ひそひそと話し合っているおばさんたち、ぽかんと口を開けて見ているおじいさん、他のレジ係さえも、わざわざ体をねじって、僕たちを眺めている。
 こんなことになるのならやめときゃよかった、と、僕は舌打ちしたが、泣きじゃくる母を見つめる以外にどうすることもできない。
 と、精肉売場の方から男性店員が走ってきた。背が高く、妙にほっそりとしている人だった。色白の顔には冷や汗がにじみ出ていた。
「いったいどうされたんです?」
 母は男性店員の呼びかけに何か答えようとしたが、嗚咽が邪魔をして、なかなか言葉が出てこないみたいだった。
 すみませんが空いているレジに行っていただけますか、と男性店員は僕の後ろにいるおばさんたちに言った。
 僕は台の上に放ってあるスナック菓子を見てから、ため息をついた。母はしゃくり上げながら手の甲で目もとをぬぐっている。ざわめきはいまだにやまない。
 どうしたっていうんですか。泣いてちゃわからないですよ。男性店員は母の肩を揺さぶり、懸命になだめる。
「だって……だって潤が……潤が家出して、一昨日の晩から、心配で心配で……夜も、眠れなくて」
 ひどいわぁ。どこからか同情の声が飛んだ。僕ははっとして、まわりに視線を走らせると、みんなが、まるで不良を見るように見ているのがわかった。男性店員も、この親不孝者! と、無言で訴えている──ような気がする。母の説明が乏しいせいで、僕は完全に悪者扱いだ。
「いいんです、いいんです」
 母は手を振って、
「私が悪いんです。潤はぜんぜん悪くない。親である私が、もっとしっかりしなきゃいけないんです……」
 ──おいおい、勘弁してよ。
 僕は、ますます萎縮してしまう。


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