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タイムマインド(潤一編)(63)

 彼女はよどみなく、まるで昨日のできごとのようにすらすらとしゃべった。簡単にまとめると、こういうことだった。
 初瀬惣一と奥田愛子は再会した日、そのまま岡山県まで逃げた。その日は旅館に泊まり、親友の大竹勝彦や息子の初瀬忠人に連絡した。そして翌日、山の頂上から海へと投身自殺したのだ。
 ここまでは僕も把握しているのだが、問題は「その後」である。静子さんはときどき目をつむり、まぶたの裏側に光る一粒一粒の記憶を拾い集めるかのように、たっぷりと時間をかけて、言葉を選びながら、語ってくれた。
 惣一と愛子の遺体は、それからすぐに、あるカップルによって発見されたそうだ。その二十代のカップルは、自分たちの死に場所を探して岩場をさまよい歩いているとき、岩と岩の間に挟まっている二つの影──言うまでもなく、初瀬惣一と奥田愛子の遺体である──を見つけ、慌てて警察を呼んだ。身元が判明したのは、その翌日だった。決定的な情報は、二人が心中する前の夜に泊まっていたという旅館を経営する老婆からもたらされた。しかも、その老婆は奥田愛子から、一通の手紙をことづかっていたのだ。私のことで何か聞かれたらこれを渡してください、それまで預かっていてもらえますか──その切実な頼みを、老婆は二つ返事で了承していたのである。
 手紙の内容は――深い懺悔の念と、それでも初瀬惣一が好きだという文章だったらしい。
「うちの夫──勝彦は、意外にも大人しかったわ。兄の墓を見つめながら、うち、こう聞いたんよ。『うちは、あなたが怒り狂うと思っていたわ。なんで命を粗末にするだいや。おまえらは大馬鹿者だっちゃ──って、そんなふうに』。すると……勝彦さん、もう知っとったわ、なんて言うのよ。俺は、二人の心中を知っとったわ、前の日の晩に惣一から電話が来たけぇ……。そして、あの人は生まれ変わりを、輪廻転生というものを、信じるようになったわ」
 静子さんは一回ため息をついてから、
「うちは前世や来世なんて絵空事だと思っていたわ。人間、産声を上げるのも、荼毘に付すのも、一度きりだと思っていた。惣一や愛子さん、勝彦さんの信じた生まれ変わりを、うちは信じられなかった。でもね、潤一君。あなたが来てくれたことによって、ずいぶんと救われたわ。二人が心中したことは、うちは、墓に入るまで許さない。絶対に。だけど、兄が生きていることを知って、ほっとしたわ。兄の魂は、ちゃんとあなたの中に宿っているのでしょう?」
 はい。僕は口の動きだけで彼女に伝えた。初瀬惣一と奥田愛子を取り巻く人々の気持ちを考えると、胸が熱くなり、声が出せなかった。


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