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タイムマインド(潤一編)(62)

 慶子さんといっしょに家を出た。彼女が直接、静子さんに僕のことを説明してくれるそうだ。
 台風が来る前触れだろうか、風は静まり、空は厚い雲に覆われている。しばらくすると肌が汗ばんできた。僕はゆるやかに蛇行した小道を歩きながら、建ち並ぶ民家とスイカやメロンが育っている畑を見渡した。人気はまったくなく、のどかという言葉がとてもよく似合う村だった。
 大竹静子さんのうちは、空山のふもとに、慎ましやかにたたずんでいた。木造二階建てで、歴史を感じさせる外観だった。
 慶子さんはチャイムを押さず、勝手に玄関の引き戸を開けた。
「静子おばさん、私です。お邪魔しますよ」
 数秒ののち、はいはい、どうぞ、と、落ち着いた声が返ってきた。
 僕は靴をそろえて廊下に上がった。
 奥に行っててちょうだい、今、お茶、入れますから。台所の方から静子さんの声が響き、慶子さんは、はあい、と間延びした返事を返した。
 障子が開け放たれている奥の間に座って待っていると、しばらくして静子さんがやって来た。僕が記憶しているとおりの彼女だったが、やはり、老いは否めなかった。髪は黒く染めてあるが、一目でわかるほど薄くなっていて、ところどころ乱れてもいる。顔のしわとしみ。しょんぼりとした肩。少しだけ曲がった腰。レースのブラウスに花柄のスカートといったすずしげな服装だった。
 僕と目が合った。彼女は二人分のお茶をテーブルに置きながら、慶子さんにけげんそうな顔を向けた。
「こちらは久野潤一君。なんと言ったらいいか……とりあえずおばさん、お座りになってください」
 静子さんはのろのろと横座りの姿勢になった。
 お体の具合はどうですか、と、慶子さんはまず世間話から入った。
「ここ最近は苦しかったんだけどねぇ、今日はすこぶる体調がいいの。暑さなんて気にならないくらいよ。こんなにさわやかなのはひさびさだわ。何かいいことが起きる前触れかしらねぇ」
「それはよかったですね」
 相槌を打ってから、慶子さんは座り直して、
「信じられないかもしれませんが、これからお話することを聞いてください」
「どうしたのよ、急にあらたまって」
 静子さんはほほえんだが、何かを察したようで、すぐ真顔になった。
 慶子さんはまず、前世療法のことを説明し、それから僕が初瀬惣次の生まれ変わりだと言った。彼女の説明が終わると、今度は僕がバトンを引き継いだ。惣次と静子さんとの思い出――二人しか知り得ない記憶を話した。静子さんは驚きやとまどいを表に出すことなく、うんうんとうなずくだけだった。
 話し終えると、僕は、信じてもらえますか? と身を乗り出して、彼女に聞いた。
「慶子さんの話の時点で、もう信じていましたよ」
 あらかじめ用意されていたかのような返答だった。
「それというのもね……」
 静子さんは視線を庭に向けながら、
「勝彦さんが信じていたのよ、生まれ変わりを。だから、影響されちゃったの」
「あの頑固な人が?」
 慶子さんが目を見張る。
「ええ。まあ、だいたい、兄が勝彦さんを焚きつけたのが、はじまりですけどね」
「お義父さんが?」
 初瀬惣一の登場に、僕は硬直した。忠人さんには言いづらかったことを、ここで聞けるかもしれない。心中の件について──そして、そのあとのことを。
「……うちは、直接には聞いていないけれども、勝彦さんが、電話で聞いたらしいのよ。あの、兄が愛子さんと駆け落ちした日の夜、うちの家に電話がかかってきて、兄は勝彦さんに生まれ変わりの話をしたそうよ。勝彦さん、ずいぶんと怒っていたわ。わけのわからんことを抜かしやがって、と言ってね。でも、兄と愛子さんの遺体が見つかってからというもの、勝彦さんは、一転して、生まれ変わりを信じるようになった」
 あの、すみません、と、僕は話に割って入った。どうしても知りたいことがあったのだ。
「惣一さんと愛子さんの遺体は、いつ見つかったんですか?」
「ああ、そうね。まずはあなたにそのことを話さないとね」
 静子さんは大きくうなずいてから、
「昭和五十一年の春に、うちの兄、惣一と、奥田愛子さんは再会したの」
 それは退行催眠で知っているが――僕は、黙って聞き入った。


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