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タイムマインド(潤一編)(57)

 しばらく歩くと、見覚えのある果樹園が見えてきた。黄色い袋を被ったたくさんの梨がぶら下がっていた。それは、惣一の手がけた梨の木が、今もなお受け継がれていることの証明だった。
「何かうちに用ですかな」
 背後から声がした。目の前には野良着姿の男性が立っていた。
「お父さん!」
 僕は衝動的に声を上げたが、すぐに、この人は自分の父ではないと気づいた。
 その人は、惣次の父親──初瀬忠人だった。惣次の記憶の中ではまだ若々しく、精力的に仕事をこなすイメージがあるが、現在の彼は、なんとなく活気に乏しいように感じられた。しわが目立ち、頭髪も薄くなり、ほぼ白髪に変わっていた。惣次が死に、僕が生まれ、十何年もの月日が経っているのだ──もう彼は還暦になるだろう。仕方のないことだった。
 初瀬忠人は首をわずかにかしげ、
「はて、どなたさんですかな?」
 と言った。
 お父さんなどと言ってしまった手前、僕は引っ込みがつかなくなった。この機会に、自分は初瀬惣次の生まれ変わりだと、正直に言ってしまおうかと思った。
 緊張しながら、僕は一歩前に出た。
「あの……驚かずに聞いてください」
 ああ、はい、と間延びした声が返ってきた。
 僕はせき払いをしてから、
「実は……僕は、あなたの息子の──つまり初瀬惣次の生まれ変わりなんです」
 初瀬忠人は口をぽかんと開けたまま動かなくなった。僕は慌てて言葉を継いだ。
「信じられないと思いますが、本当なんです。僕は初瀬惣次の人生を知っているんです」
 初瀬惣一の名も出そうかと思ったが、話がこんがらがるだけだと思い直して、やめた。とりあえずこれまでの経緯を話すことにした。
「僕は小学生のとき、プールの飛び込み台から落っこちて、水恐怖症になりました。風呂に入るのさえ怖かった。そこで、友だちのお父さんがセラピストなので、診てもらうことにしたんです。すると、水に対する恐怖は過去にあることがわかり、退行催眠で前世にさかのぼりトラウマの原因を探る、ということをしたんです。それで僕は初瀬惣次の人生を見て──」
「わからん!」
 初瀬忠人は僕の話を遮った。眉間に険しいしわを刻んでいた。
「何を言っとるのか、ようわからん。早う、どっかに行ってくれ。仕事の邪魔だ」
「ちょ、ちょっと、待ってください。話を最後まで聞いてください」
 僕は彼をすがるように追いかけた。
「本当に僕は初瀬惣次の生まれ変わりなんです。信じてください!」
「よくもまあ、ぬけぬけと……誰かに惣次のことを聞いて、わしにそんなでまかせを言って、楽しんどるんだろ。人をおちょくるのも、ほどほどにせぇ!」
「違いますよ。その証拠に、僕はお父さんのことも知っています。たとえば──子どものころ、友だちに『ちゅう、ちゅう』と言われてばかにされていたことがあるでしょう? あなたはそのあだ名がいやだった。でも、ある日、初瀬惣一──あなたの父親が、その友だちを叱り飛ばした……」
 彼は足をとめた。
「なんで、その話を知っとるだいや」
 僕はにっこりとして、前にお父さんが話してくれたことがあったじゃん、と、言った。自分の声でないような、まるで初瀬惣次の魂が宿ったような声が出た。
 今がチャンスだと思った僕は、お父さんとの思い出を矢継ぎ早にしゃべった。幼いころ僕が深夜に熱を出し、お父さんが病院に連れていってくれたこと……そして病院の玄関で声を上げて医者を呼びつけていたこと……学校の運動会の日、会社を休んで来てくれたこと……はじめてサッカーボールを買ってくれたときの、お父さんの笑顔……――初瀬惣次の目を通して見た映像が、つぎつぎに頭に浮かんできた。
「お父さん、これでも僕を疑うの?」
 彼は視線をきょろきょろとさまよわせながらも、
「信じられん……本当に惣次なんか?」
「うん」
 惣次、惣次、と言いながら、初瀬忠人は僕に抱きついてきた。汗の酸っぱいにおいや土のにおい――。
 僕は自分の父親と初瀬忠人を重ね合わせながら、彼の背中をさすりつづけた。


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