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二月


中村中ミニライヴ@東京レインボープライド2017 04 29



何者でもないじぶんを何者かと問うことが、じぶんにとって「書く」という行為だ、と彼はいった。

   *

休日は自転車をこぐ。どこまでもこいでいく。自転車は、こんなにも心地いいものなのかと、乗るたびにおどろかされる。ペダルをこげばこぐほど景色に語らせることができる。いや、ぼくが景色に語らせるのではない、景色がぼくに語りかけてくる感覚。景色は、しずかでつつましく、それでいてとても雄弁だ。

――……えせ詩人。詩人かぶれ。詩人きどり。詩人もどき。詩人らしからぬ詩人。天才詩人はまだ一作も詩を書いておらず、きょうもまた、原稿用紙のまえで呻吟する……

(鳥はさえずりをもたない。はばたきさえもはばたかせられない。鳥に伝記を与えるのは、いったいだれだろう?)

――たいせつなものを意識的にうしなうことによって、もっとたいせつなものを無意識的にうしなうのかもしれない。

書けば書くほど、読めば読むほど、物語の輪郭はかたちづくられていく。やりなおしがきかなくなる。ことばが物語を予告してしまうのだ。再読。じぶんはまだジョバンニの切符をもっているのだ、もっていていいのだと、なんどもじぶんにいいきかせた。だれにも、いくつになってもジョバンニの切符はある。わすれてしまうのではない。つい見て見ぬふりをしてしまうだけだ。詩を書いていてよかった、とおもう。じぶんは詩を書くこと、読むことをとおしてずっと、ジョバンニやカムパネルラと会話していたのだ。

   *

晴れわたった真冬のまぶたが、その記憶に残る一瞬に奏でたのは、




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