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タイムマインド(潤一編)(44)

 学校が終わると、僕は思いきって宮崎のあとをつけてみた。二人だけの空間ができればまた僕に話しかけてくれるかもしれないと考えたからだ。
 宮崎は蛇行した道をゆったりとした歩調で歩いている。画家が雲を描き忘れたような青い空が頭上に広がっている。人通りのない並木道に差しかかり、僕は、ここまで来ればだいじょうぶだろうと思い、おーいと声をかけた。彼女はぴたっと立ち止まり、こちらを向いた。顔は相変わらず無表情だった。
 僕は駆け寄り、
「家はこっちの方?」
 とたずねた。なるべく自然体を装った。
 宮崎は軽くうなずき歩みを再開した。あの日みたいにすんなりとはいかないなと焦りを感じながらも、僕は思いつくままにしゃべった。
「髪、染め直したんだ?」
「お祖母ちゃんがパーマ屋やってるから」
 へぇ、と相槌を打ち、僕は言葉を継ぐ。
「制服の方はお洒落しないの? スカート、かなり長いし」
 ずっと疑問に感じていたことだった。彼女のスカートはいくらなんでも長すぎる。一昔前の女番長みたいだ。今どきそこまで丈を長くしている子はいないから、かえって浮いて見える。どうでもいいと言えばどうでもいいけれど、一所懸命、話題を探している僕はついそんなことまで質問したのだ。
 宮崎はちらっとこちらに視線を配ってから言った。
「……足を出すのは好きじゃないから」
 また会話が途切れた。僕は居心地の悪さと、でも彼女のそばにいたいという感情を同居させたまま歩を進めた。
 そのとき僕を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、翔ちゃんが反対側の歩道からこちらに渡ってきているところだった。
 翔ちゃんはやって来るなり、
「いよいよ、明後日だな。前世療法!」
 と快活に言い放った。
 そうだね、と僕はぶっきらぼうに答えた。宮崎と二人きりになりたいのに、という気持ちが口調に表れてしまった。
 つぎに翔ちゃんは宮崎を見やった。
「おっ、噂の子だな。よかったな、潤のおかげで汚名払拭できてよ」
 宮崎はまったく動じなかった。そして歩き出す。
 並木道を三人が並んで歩く。小鳥の鳴き声がかすかに響いていた。ランニングシャツ一枚でジョギングする、元気のいいおじいさんとすれ違った。
 それでよぉ、と翔ちゃんはいきなり話しはじめた。
「俺も、親父にやってもらったんだ」
「何を?」
「前世療法」
「えっ、マジで!」
 僕は驚いた。
「翔ちゃん、あんなにいやがってたのに」
「ちょっと怖かっただけ。受けてみたら、ぜんぜん怖くなかったわ」
「どんな前世だったの?」
 僕はわくわくした気持ちで聞いた。前の翔ちゃんは、いったいどんな人生を送ったのだろう。
「過去も、潤と友だちだった。いわゆるソウルメイトってやつだな」
 翔ちゃんの声には高揚感があった。僕も胸が高鳴った。興味があるのかないのか、宮崎がこちらをちらちらとうかがっている。
「僕らはいつの時代に会ってたの?」
「えーと、昭和初期で、鳥取県にいて、おまえは初瀬惣一、俺は大竹勝彦っていう人物だった」
 ああ、と僕は声のオクターブを上げた。
「翔ちゃんが、勝ちゃんだったんだ!」
「そうそう、潤もその時代を見たのか?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「うーん、忘れた」
 まあ、それでよ、と翔ちゃんは話の道筋を正しながら、ズボンの裾から扇子を取り出した。調子が乗ってきたようだ。
「遠い昔の俺も、いつもこれを持ち歩いていたよ」
 僕の頭の中に勝ちゃんの顔が浮かんだ。あの人はたしか戦陣訓の書かれた扇子を持っていた。性格は――翔ちゃんと似ているところがある。顔も、とくに切れ長の目とかそっくりだ。
「俺さぁ、初瀬惣一と奥田愛子がどうなるか、ずっと心配していたよ」
 翔ちゃんはしみじみと言う。
「いやー、前世の俺は実にいいやつだったなぁ」
「ほんと勝ちゃんには世話になったよ」
「感謝しろよ」
 翔ちゃんは白い歯をのぞかせて冗談交じりに言った。
 僕もつられて笑った。が、ふと疑問を口にした。
「今思ったんだけど……初瀬惣次の人生では、初瀬惣次は中学生で、勝ちゃんはおじいさんだった──かなり年が離れていたのに、翔ちゃんと僕は、どうして現在、同じ時代に生まれているんだろう?」
 彼は扇子の先を顎にあてて、
「ということは、初瀬惣次と勝ちゃん、二人はほとんど同じ時期に死んでるんじゃないのか? 俺たちは今十五歳だろ……で、一九九二年の時点で、初瀬惣次はまだ中学生……」
「僕の誕生日は十月だから、初瀬惣次は九三年のそれまでに死んでるってことだよね?」
「いや、四月中には死んでいると思うな」
「なんで?」
「死んでから生まれ変わるまでの間隔は、短い場合で六ヶ月、長くて四年なんだよ。俺は一九九二年の年の瀬に死んだ。潤もそのころに死んでいないと、俺たちはいっしょにならないだろ? だって、生まれ変わるまでに最低六ヶ月のスパンは必要だから。潤が十月に生まれたのなら、その六ヶ月前に死んでないと、計算が合わねぇって」
「そうか……そうだよね」
 親父さんと前世のことについて話をしているせいか、翔ちゃんは身近なことのように言うけれど、本当はものすごいことを言い合っているんだよなぁ、と僕は思った。前世とか来世とか、そんなものは空想でしかないと思っていたときもあるけど、でも、世界には何百年も前の過去を記憶している人だって存在する。
 十字路に差しかかると、翔ちゃんは、
「……思うんだけどさ、もしかして、奥田愛子の生まれ変わりは河名愛なんじゃないの?」
 と言った。そして一人で勝手に納得したようにうなずいてから、僕の返事も聞かないまま歩き去っていった。
「前世の話、あれ嘘でしょ?」
 しばらくして宮崎が口を開いた。
「興味持った?」
 僕はにやりとした。
「……別に」
「じゃあ、教えない」
 彼女はにわかに鋭い目つきになった。
 冗談だよ、と僕は苦笑し、長谷川クリニックで前世療法を受けたことを話した。彼女はめずらしく興味深そうな反応を見せた。僕はますます饒舌になり、初瀬惣一と初瀬惣次の、二つの人生をとりとめもなくしゃべった。
「宮崎も受けてみろよ、前世療法。おもしろいからさ」
 僕はそう言って話を締めくくった。
「でも……」
 宮崎は言いよどんでから、
「怖くない?」
「なんで? 催眠っていっても、テレビで見るようなまやかしじゃないよ」
「そうじゃなくて……前世を知ると──いろいろと左右されそうで」
 左右? と、僕は聞き返した。
「前世を知ったがために、自分が自分でなくなるような気がしない? 前世の自分に操られるっていうか……」
「大げさだよ」
 そう言って、笑い飛ばした。


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