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タイムマインド(潤一編)(33)


       七

 葬式を行う意味がよくわからなかった。来る人来る人、みんな同じ顔つきで気味が悪かった。父の職場の人たちも友人知人もロボットのようにあいさつをして、ロボットのように焼香をすます。白黒の垂れ幕や豪華な祭壇が憎たらしかった。こんな儀式のどこに意味があるのだろう。ただ悲しくなるだけだ。それに、これじゃあ、お父さんが本当に死んでしまったと言っているようなものだ。違う。絶対に違う。これは何かの間違いだ。僕は認めたくなかった。信じたくなかった。
 柩という箱に閉じ込められたお父さんがかわいそうだった。火葬場に運ばれるとき、僕は「やめて、やめてよ。お父さんを燃やさないでよ!」と頼んだ。だけど、親戚のおじさんに「ちゃんと供養してあげないと、天国に行かせてあげないと」となだめられた。天国? そんなところはどこにもない。大人は知ってるくせに、こんなときだけ「天国」を口にする。僕はおじさんが嫌いになった。お母さんはずっと泣いているだけだった。
 あの日――事故に遭った日、お父さんは僕の誕生日プレゼントを買いに出かけた。おもちゃ屋に行くと言って家を出たのだ。そして住宅街の曲がり角で車に撥ねられた。ミラーが設置されていない見通しの悪い場所だった。
 掃除機をかけていたお母さんは、突然の報せに混乱してしまった。しばらく右往左往したあと、はっとして、病院へ向かった。
 しあわせなホームドラマは、あっけなく壊れた。僕は何年も平凡な日常がつづくと思っていた。なのに、一瞬で大切な人を失ってしまった。僕もお母さんも、お父さんだって、何一つ悪いことなどしていないのに。

 四十九日の法要がすむまで、僕はときどき学校を休んだ。塾にも行かなかった。言いようのない無力感に襲われた。
 父の仕事場だった和室が仏間となり、パソコンは僕の部屋に移された。お母さんは大好きだった料理をつくらなくなり、コンビニの弁当を買うようになった。それに、毎晩お酒を飲むようになったし、掃除も怠るようになり、慣れないパートをはじめた。僕は学校帰りにスーパーマーケットに寄って、働いているお母さんの姿を見た。ほかのレジを打つおばさんたちと変わらないお母さん、艶やかだった髪の毛にうるおいがなくなったお母さん……。
 マンションからアパートへの転落は保険金や祖父母の援助でなんとかまぬがれたものの、いつまでまともな生活がつづくかわからなかった。日常が百八十度変わった。飽き飽きしていた「当たり前」が、もう、はるか昔だった。
 学校に行くと、みんなが僕に無言の視線を向けてきた。教師も、ふざけあっていた友だちたちも。翔ちゃんや河名、橋本はこれまでどおり接してきてくれたが、しかし、僕は少しずつ無視するようになった。
 そして卒業式を迎えるまで、僕は孤立から抜け出せなかった。


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