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タイムマインド(潤一編)(26)


       六

 初瀬惣一の人生が終わった。退行催眠を受けている状況でも、自分が泣いていることがわかった。死を選んでまで愛する人といっしょになる――小学生の僕には、重く、つらく、目をそむけたいほどだった。
 また頭に新たな映像が流れ込んできた。感傷に浸る時間を十分に与えられないまま、僕はつぎの人生へと突入した。
 そこは、病室だった。僕は仰向けの状態でぼうぜんと天井を見つめていた。両足の感覚がなかった。
 僕は初瀬惣次という中学三年生だった。サッカーの試合で脊髄を損傷してしまったのだ。
 医者に『二度と歩けない』と宣告されたのはいつだったろう。あの日、この部屋で僕は暴れた。手近にあるコップや小物を投げ捨てた。医者に襲いかかった。でも、足が動かない僕はベッドから落ちて不格好なまま泣きわめくしかなかった。これまで平凡に生きてきて悪いこともしていない、なのに、こんな仕打ちはあるものか──そう思った。なんでよりによって僕なんだ、僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだ! と。
 あれから長い月日が経ったように感じる。今は涙さえも涸れ果ててしまったようで、出ない。感情もわかない。
 やがて母が病室に入ってきた。帰ってくれよ、と僕は弱々しくつぶやいた。父にも母にも、誰にも会いたくなかった。どんな顔をすればいいのかわからないし、だいいち会話する気力がわかない。そっとしておいてほしかった。
『これ、惣次にって。お友だちから』
 母は手に持ったものを示しながら言った。透明なビニール袋にパンや牛乳、プリント類が入っている。
 ──友だち?
 誰だろう、と思った。仲のいいやつは何人かいるけど、みんなほかのクラスだし、届け物を持ってきてくれるほどの関係でもないはずだ。
 僕の気持ちを察してか、母は言った。
『早川さんよ』
 ──早川……早川愛美!
 驚いた。まさか彼女が持ってきてくれるとは。
 僕は中学一年生のころから、彼女のことが気になっていた。理由はわからない。いつの間にか意識するようになっていた。自然に惹きつけられていった。
 その彼女が、届けてくれた。何かが息を吹き返したように感じられた。正体はわからないけれど、とても温かい気持ちになれた。


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