FC2ブログ

記事一覧

タイムマインド(潤一編)(24)

 湯船に浸かり、出された浴衣に着替えて戻ってくると、愛子さんは布団にくるまっていた。暗い部屋にどこからか隙間風が忍び込み足もとが冷たかった。
 惣一さん、と愛子さんが言った。背中を向けられているので、顔は見えない。
『うん?』
『ここまでついてきてくださって、ありがとう。でも、死ぬのはうちだけです。あなたは家庭へ戻ってください……そう言おうと思っていました。汽車に揺られているときから──でも、言えなかった。結局ここまで来てしまった』
 愛子さんはこちらに身をひるがえした。そしてしなやかな腕が伸びてきた。
『うちは弱い人間です』
 僕は彼女の手に触り、握り締め、絡めた。
『いや、愛子さんは強い』
 愛子さんは小さく首を横に振った。
『うちは弱いんです。こうして惣一さんに触れていると、ますます家に帰らせたくなくなる。いっしょにいてほしいと思ってしまう。……いっしょに死んでほしいと、願ってしまう』
『どこへでもついていく。僕たちは真実の筏に乗ってしまったんだ、降りることはできない。終点もわからない。漂っていくことしかできない』
『でも、どこで筏が壊れるか、わからない。いつ離れ離れになるかは、わかりません。たとえ生まれ変わっても、ズレが生じて、お互いが別々の道に進むことになるかもしれません』
『そうなろうが、このままずっとこの時代をさまようよりは、いい。今度は、よい時代に生まれよう。親にしたがうことなく、好いとる者同士が添い遂げられる世界で、自由に恋愛をやり直すんだ』
 僕は愛子さんに口づけをし、襟の中に手を入れた。長い間こうしたいと思っていた。彼女の吐息、やわらかな胸、躍動する太もも──想像でしかなかったものが、今ここにある。


スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント