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タイムマインド(潤一編)(11)

 いきなり前世の話が飛び出してきて、びっくりした。
 翔ちゃんは扇子で手のひらをたたきながら得意そうに言った。
「何百年も昔、つまり前世にできた傷が、根強く今も──生まれ変わっても、残っている可能性があるってことだよ」
「……前世で、水に関する恐怖体験があって、それが僕に引き継がれているってこと?」
「そうだよ。とすると、現世の過去を振り返ったって意味ないだろ? だって、問題は潤じゃない、潤の前世で起こっているんだから、わかるはずがねぇじゃん」
 翔ちゃんは指で鼻をこすってから、
「親父から聞いた話なんだけどな──ある男が、見ず知らずの他人に、あそこを触ってほしいという衝動に悩まされていたんだ」
「あそこ、って?」
 だからぁ、と翔ちゃんは目を泳がせた。
「男性だけについてるもんだよ」
 僕は理解して、その瞬間、恥ずかしくなった。へんなたとえをするなよと思った。
「それで?」
「それで、男は新しい女を見つけては、強引にあそこをつかませていたんだよ。当然、何回も逮捕された。だけど、反省はしても、やっぱり強迫観念に駆られて、またやってしまう。そしてどうしようもなくなった男は、友だちの紹介でセラピストに診てもらうことにした」
 うんうん、と、興味を持った僕は真剣に聞いた。
「セラピストは、退行催眠でその男の過去にさかのぼることにした。すると、男がまだ幼かったころ、母親との間にいざこざがあったことがわかったんだ。母親は男を──つまり自分の息子のあそこを、もてあそんでいた。何もわからなくてされるがままになっていた男も、次第に、そうされることに快感を覚えた。まあ、そのときに芽生えた感情が、大人になってからも願望として残っていた」
「それだと、前世とか関係ないよね」
「まだつづきがあるんだよ」
 翔ちゃんは眉間をせばめて、
「セラピストが幼かったころの原因を発見しても、男にはまったく効果がなくて、またあそこを触ってほしいという衝動に駆られ出したんだよ。男は恥ずかしさを感じながらも、わいせつな行為を繰り返さずにはいられなかった。そこでセラピストは、男のトラウマが前世にあるのではないかと考えた。前世で起きたトラウマを意識にのぼらせる必要がある、と思ったわけだ。そういう病気ってのはな、根本的な原因がわかったとき、本人が自覚したとき、はじめて薄れていくんだ」
「翔ちゃん……すごい。本物のセラピストみたいだね」
「まあ、ぜんぶ親父のうけ……うけ──」
「請け売り?」
「そうそう、請け売りだからな」
「成績が悪いのに、よく難しい話ができるね」
「ほっとけ。興味あるものや自慢できることは憶えやすいんだよ」
 その努力、少しでも勉強に役立てたら? と、あきれ気味に思ったけど、言わないことにした。考えてみれば、立派な才能だ。平凡な僕より、翔ちゃんには才能がある。
「とにかく、話をつづけさせろよ。どこまで話したかこんがらがるじゃん」
「ごめんごめん」
 翔ちゃんはせき払いを一つして、言葉をつむいだ。
「それで、男は前世への退行催眠を受けたんだ。……あっ、そうだ。ここで説明しておくことがあったな。患者が前世を思い出すパターンはふたとおりある。男はそのうちの一つ、『物語形式』で前世を思い出したんだ。物語形式とは、前世の人生を、まるで物語を見ているかのように、詳しく思い出せるんだ。前世で、生まれてから死ぬまで、な。中には、その前世の人生で死んでから……要するに、あの世みたいなところでさまよっているとき、神様の──マスターっていうらしいけどな──声を聞く患者もいるんだってよ……それでだな、男の話に戻るけど──男は、その物語形式で前世の人生のほとんどを思い出したんだ。男の抱えている悩み、強迫観念は、前世にもあったことがわかった。ずっと繰り返されていたことだったんだ。前世の男は事故で死に、神様に会った」
 ──神様、かぁ。
 いつの間にか僕はテーブルに両肘をつき身を乗り出して聞いていた。
 翔ちゃんは熱心にしゃべりつづける。
「神様は男にこう言ったらしい。『魂は永遠になくなりはしない。だから前世で起こしたあやまちを、現世でじっくり、一つ一つ消化していきなさい。死とは、魂が肉体から抜けるだけ。あなたは永遠に生きられるのです。本当の死はないのですから、急ぐことなく、精進しなさい』とな。退行催眠によってその言葉を思い出してからは、男は、自分の強迫観念と向き合えるようになった。それまでは、治さなければならない、と切羽詰まっていたんだろうな。それが逆効果となって、なかなか症状が改善されなかった。でも、神様に時間は永遠にあると言われて、安心した。心にも生活にもゆとりが生まれて、男のへんてこな衝動も薄れていったんだとよ」
「へぇー、へぇー、へぇー」
 心の底から感心した。
「退行催眠、受けてみようかなぁ」
「俺は、おまえが水に悩まされているから勧めているだけだからな。興味本位で受けてもらっちゃあ困る」
「うん、わかってる。水恐怖症を早く治したいから言ってるんだよ」
「じゃあ、親父に診てくれって頼んでやる」
 翔ちゃんはドンと胸をたたいた。


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