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タイムマインド(潤一編)(5)


       一

 ここ二週間はなんのへんてつもなく過ごした。ゆいいつ変わったことといえば、折り畳み式のケータイを買ってもらったこと。ほしいほしいと前からねだっていたし、このたびのテストの点もよかったからだ。だけど、不満もあった。ありとあらゆるロックがかかっていて、メールすらできないのだ。お母さんの言い分は、「塾の帰りに連絡を取り合うぐらいだし、そもそも学校には持っていけないでしょう? メールなんてしなくても、電話という必要最低限の機能さえあればいいじゃない」。僕は何度も交渉に挑んだ。主張はひっくり返らなかった。今の時代、ケータイを持っていない子の方がめずらしいし、みんな学校に持ってきている。頭の固いお母さんとは口をきいてやらないつもりだったけど、「ごはんを食べられなくてもいいの?」の一言に、僕の信念はあっけなく撃沈してしまった。
 ネット機能を失ったケータイは──購入当初はよろこんでボタンをたたいていたけれど──すぐに飽きた。ゲームも写真機能も、ひととおりやり終えると、こんなものかという感じ。ゲームだったらプレイステーション2の方が楽しいし、写真に関してはそもそも撮りたいものがなかった。
 やがて夏が本領を発揮し、ボリュームをひねるように暑さを強めていった。

 その日、一学期の終業式が行われた。教頭先生が長々と夏休みに向けての注意事項を述べ、カマキリのように痩せ細った校長が、小学生を狙った犯罪が増えていることと、それに対処するための心構えをぼそぼそ言っていた。体育館は終始ざわついていた。頻繁に「静粛に!」という一喝が飛んだが、夏休みを目前にして浮かれ気味の生徒たちは何を言われてもうわの空だった。
 教室に戻ると通信簿を渡され、はい、明日から楽しい楽しい夏休みです、となった。みんな遊びの計画を立てながら、どこどこに旅行に行くとか自慢しながら、散らばっていった。
 僕は翔ちゃんといっしょに校門を抜けた。さんさんとした太陽が、午後からはもっとがんばりますよと言わんばかりに輝いている。
「おい、半分持ってくれよ」
 翔ちゃんは、ランドセルにつめきれなかった教材や図工用具などをスポーツバッグに入れているせいで、重たそうだ。
 やだね、と僕はつんとした態度で拒否してみせる。
「今日のために少しずつ持って帰らなかった翔ちゃんが悪い」
 ちぇ、と翔ちゃんは舌打ちしてから、そうそう、と話題を変えた。さすが、細かいことは気にしない。
「何時に集合だったっけ?」
 僕たちは昼から、河名と橋本の二人と市民プールで待ち合わせしている。やっとあのタダ券を使う日が来たのだ。
「一時半だよ。それに、遅れてもいいって言ってたよ。先に泳いでおくから、って」
「ふーん」
 翔ちゃんはナイロン製のスポーツバッグを引きずりながら言った。
 横断歩道を渡り住宅地に入る。あたりは静かで、犬を連れているお年寄りや道端で話し込んでいるおばさんしか見かけない。車もそんなに通らない。
「河名ってさぁ、絶対におまえのことが好きだよなぁ」
 翔ちゃんはだしぬけに口を開いた。
 僕はどきっとした。えっ、な、なんで? と、しどろもどろになる。
「俺ってそういうのにはあまり勘づかない方なんだけど、さすがに、河名の態度を見ていたらわかるって。おまえと話すときは、おかしいもん」
「そ、そうかなぁ」
「おまえ、河名愛のことをどう思ってんだよ」
「別に……どうも思ってないよ」
 嘘つけぇ、と翔ちゃんは目を細めた。
 赤くなったほっぺたを見られたくなかった。僕はうつむいて、アスファルトをにらんだ。
 図星だな、と言ってから、翔ちゃんの声は沈む。
「……いいよなぁ。告白すれば、河名はイチコロだぜ。誰か俺にも来ないかな」
「翔ちゃんには橋本がいるじゃん」
「はあ?」
 彼は鼻の穴と口を大きく開いて、バカみたいに驚いた。
「なんで、橋本が出てくるんだよ」
「だって、仲がいいじゃん」
「よくねぇって。見ててわかんねぇの? なんちゅうか、犬……えっと、犬……なんだっけ」
「もしかして、犬猿の仲?」
「そう、それ。俺と橋本は、犬猿の仲なんだよ」
「そんなこと言ってるわりには、顔が赤いよ」
 僕は指摘した。本当に翔ちゃんの顔が沸騰しているのだ。
 赤くねぇって。そう言いながらも、翔ちゃんは左手に扇子を持ち、ぱたぱたと顔をあおぎはじめた。
「お、おまえだってなぁ、河名のことが好きじゃん」
 反撃をくらった僕はまたしてもどきっとした。
「どうも思ってないって言ってるじゃん。翔ちゃんこそ橋本が好きなくせに。だから、からかったりしてるんだ」
「嫌いだから、からかってんだよ。だいたい、誰があんなうるさくてギャル志望の女を好きになるんだよ。二十歳になっても彼女ができなくて、彼女がほしいよぉ誰かつき合ってよぉ、ってなことになったとしても、橋本だけはぜーったいに、いやだ。勘弁」
「こっちだって、翔太なんかお断りよ」
 翔ちゃんはびくっとした。もちろん、僕も。
 後ろを振り向くと、仁王立ちの橋本がいた。横には河名もいて、僕の背中に電流が走った。どこまで聞かれたのだろう、不安になった。これでもかというくらい顔が熱を発する。今にも倒れてしまいそうだ。
「いやぁお嬢様、今日も一段とお美しいですね」
 何を思ったのか、翔ちゃんは畳まれた扇子の先端で、ぺしっと自分の額を打った。ギャグで切り抜ける気だ。
「翔~太ぁ!」
 橋本が低く叫び、翔ちゃんは奇声を上げて逃げ出した。しばらくの間、二人は追いかけっこをつづけていたが、スポーツバッグを携えたまま逃げきるには無理があったようで、翔ちゃんは橋本に捕まった。
 やっぱり仲がいいじゃん、と僕は言った。河名がくつくつと笑った。僕たちは目が合い、一瞬だけ止まってしまったけれど、すぐに視線をそらした。
 翔ちゃんは地面にうずくまり、橋本の攻撃に耐えていた。


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