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タイムマインド(潤一編)(1)


       平成十七年 七月

「生まれ変わり?」
 僕は調子はずれの声を上げた。
「そうだよ、そんなことも知らねぇのかよ。まだまだお子ちゃまだな、久野潤一君は」
 翔ちゃんこと──長谷川翔太はそう言って、外国人ばりに肩をすくめた。自分だってまだ小学生じゃん、と、僕は内心つぶやいた。
「つまり、輪廻転生のことだよ」
 四字熟語だかなんだかわからない、小難しい言葉に僕はぐうの音も出ない。
 窓の外から夏の日差しと、昼休み特有の陽気な気配が入り込む。風にカーテンがあおられている。教室には、僕と翔ちゃんのほかに、数人の生徒がいる。ノートに絵を描いたり、隅っこで雑談したり、ケータイをいじったりと、さまざまだ。僕はケータイを見せびらかしている友だちのところに行きたかったけど、翔ちゃんの話を聞かないと怒られそうなので我慢しているのだ。
 思うんだけどさ、と翔ちゃんはつづける。
「俺たちって、ソウルメイトかもしれないぜ」
「だから、まず先に、その意味のわからない言葉を説明してよ」
 僕はうんざりして机に視線を落とした。
 わかったよ、と、翔ちゃんは舌打ちして浅黒い顔をしかめた。
「ソウルメイトっちゅうのはな、簡単に言うとだな……なんだっけ?」
 僕はガクッと机に額を打ちそうになった。やっぱり付け焼き刃だったんだなと思った。
 翔ちゃんはよく自慢したがる。自分を大きく見せたいのだ。だから、みんなが知らない情報を仕入れると、あたかも自分が発見したかのような口振りでまくし立てる。その被害者はいつも決まって、僕だった。おもしろい蘊蓄だったらまだ許せるし、興味がわくかもしれないけれど、たいてい「トリビアの泉」で放送されたものばかりだ。今回の前世にまつわるエピソードも、テレビからの情報ではないかと、僕は思った。
「ああ、そうだそうだ」
 翔ちゃんの切れ長の目がおもむろに見開かれた。そしてジーンズの尻ポケットから扇子を取り出す。彼の、気に入りのアイテムだ。
「ソウルメイトとはな、前世で会っていた人と現世でも出会う――その出会う人のことを指してるんだよ。肉体が滅びても魂は永久に不滅ってこと」
「へぇ~、へぇ~、へぇ~」
 僕は「ビビる大木」のごとく「へぇ~」を連発した。別に驚いたわけではなく、ただたんに言ってみたかっただけだ。魂とか生まれ変わりとか、はっきり言ってどうでもよかった。
「なっ、なっ、おもしれぇだろ。すげぇだろ」
 何が? と言い返したかったけど、翔ちゃんは物知りだね、と僕は謙虚に相槌を打っておいた。彼はケンカも強いから、むやみに神経を逆なでさせるようなことはできない。
「おまえさ、前世療法を受けてみろよ。俺の親父に頼んでやるから」
 机の上に座っている翔ちゃんは足をぶらぶらさせながら言った。
「翔ちゃんのお父さんって、たしかセラピストだよね。前世とか見れるの?」
 僕はセラピストという職業がどんなものか知らない。
「まあ、厳密に言えば『見れる』んじゃなくて、患者に『見させてあげる』んだけどな。それに、前世療法が専門じゃなくて──要するに前世に興味を持って、独学で学んでいるだけで──普段は精神的に困っている患者を診察してるだけなんだ。でもさ、前世療法もできるようになったら、患者が増えて儲かるだろ。だから躍起になって、その分野を勉強してるんだよ」
 彼のお父さんは「長谷川クリニック」の主治医だ。商店街の雑居ビルの中で、一人の助手──奥さんだ──とともにやっている。
「まだ研究している段階なんでしょ? 僕が受ける意味ないじゃん」
「いや、親父はそろそろいけるかもしれないって言ってるんだよ」
「だったら、はじめに翔ちゃんが受けてみれば?」
 翔ちゃんは短髪の頭を激しく振った。
「だって、怖いだろ」
「は?」
「一度も成功してないことや、お墨付きがないものって、チョー怖いじゃん。自分の前世は見たいけど、失敗して脳みそがいかれたら、どうするんだよ。親父、けっこう適当なところがあるし。前世療法を受けるとしたら、そうだな、インターネットとかで検索したらぱっと出てくるような、有名なとこに行くな、絶対」
「要するに、今後の長谷川クリニックのために、僕を実験台にしたいってこと?」
「そんなに悪くとらえるなよ。俺の親父が勉強してきた前世療法を試すに値する、絶好の生け贄──あ、いや……絶好の、犠牲者……違うな」
「とにかく、いいよ。遠慮しとく」
 僕はため息をついた。前世だかなんだかしらないけど、オカルトじみたことに関心はない。
 と、教室内が騒がしくなりはじめた。休憩時間が終わりに近づいて、みんなが戻ってきたのだ。
「別に前世療法だけを勧めているわけじゃないぞ。うちのクリニックは本来まじめなカウンセリングをしてんだから」
 翔ちゃんは──このままだと長谷川クリニックのイメージが悪くなるとでも思ったのか──急に言いわけを口にする。
「それに、おまえの精神状態を心配しているからだからな。前世療法によって悩みや不安が──ふ、ふ……なんだっけな」
「払拭?」
「そう、払拭。さすが読書家」
「それで、払拭が、何?」
 僕は頬杖をついて催促した。翔ちゃんの知らない言葉を言ったものだから、少しだけ優越感がわいた。
「悩みや不安が払拭されるってことだよ。自分の前世を知ることで、な」
「なんで自分の前世を知ったら悩みが消えるの?」
「知るかよ。とにかくトラウマとかコンプレックスとかが消えるんだよ」
 もうちょっと知識をたくわえてから自慢してほしいものだ。
 翔ちゃんは閉じた扇子の先っちょを、ビシッと僕の目の前に突きつけ、
「久野潤一よ、おまえの悩みはなんだ? いい診療所を紹介してやるぞ」
「あのねー、たとえ悩みがあっても長谷川クリニックには行かないよ」
「野暮なことをいうなよ」
「だいたい、なんでそんなに宣伝するのさ」
 うっ、と翔ちゃんは口ごもってから、
「うち、やばいんだよ」
「何が」
「経営難、赤字、借金。俺んち、金に関しては三冠王なんだって」
 なるほど、と僕は納得した。これで、翔ちゃんのお父さんが新しい分野に手を伸ばしていることや、翔ちゃんまで躍起になって長谷川クリニックを紹介している理由がわかった。と同時に、いきなり現実的な話になったので、僕は反応に困った。
「まあ、トラウマがあるにはあるからさ、お年玉とかもらったら診察してもらおうかな」
 確実にお年玉はゲームソフトに使ってしまうだろうけど、しょんぼりした友だちを気づかって言った。
「ああ、よろしく頼むぜ」
 そこまで生活が困難になりかけているのだろうか。お金の話が子どもにまで伝わるとは、かなりの状況なのだろう。


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