FC2ブログ

記事一覧

タイムマインド(愛美編)(40)

 教室に戻ると午後の部がはじまっていた。カーテンの閉められた暗い教室にはまだあまり人が来ていない。私は窓際にいる惣ちゃんのところへ行き、遅れてごめんと謝った。
 これから盛り上がろうぜー、というマイク越しの声が聞こえる。近野君の声だった。つづいて女子たちの歓声も聞こえた。体育館でライブがはじまったようだ。軽妙なイントロが流れ出す。トランジスタ・ラジオ、いくぜー、と近野君は叫んだ。
「となりのトトロ」を観ながら、美歩のことを思った。彼女は文化祭のラスト、「マイムマイム」が流れはじめたら、近野君を踊りに誘ってみると言った。踊りの最中に告白するらしい。私も惣ちゃんに何かしてあげたいな。
 私はそれとなくまわりを見まわした。みんな映画に夢中になっている。
 心臓がどくどく音を立てている。あたりが暗いというのもあったのだろう──私は左手で、車椅子のアームレストに置かれた惣ちゃんの右手を、そっと包んだ。
 惣ちゃんは瞬間的にびくっとして、手を引っ込めた。私もはっと正気に戻った。
 ──どうしちゃったんだろう、私。
 その後も、「火垂るの墓」や「魔女の宅急便」を観た。「おもひでぽろぽろ」の途中で校内放送が入った。フォークダンスに参加したい方は校庭に集まってください、と。たちまちみんなが椅子から立ち上がり教室を出ていった。待ちに待ったメインイベントが訪れたのだ。
「机をもとの位置に戻すのは私がやっておくから」
 私は後輩に気をきかせて言った。
 カーテンを開けると、外は思いのほか暗くなっていた。校庭の中央では火柱が上がっていて、生徒たちが吸い込まれるように向かっている。美歩も近野君もその中にいるのだろう。人が多いので見当たらない。
 惣ちゃんが私の横に来た。
 準備が整ったところで、定番の「マイムマイム」が流れはじめた。
「憶えてる?」
 惣ちゃんが口を開いた。
「去年の、この時間」
 うん、と私は答えた。
「いっしょに踊ったよね」
「……早川が目の前に来たとき、正直、困った」
「私も困ったよ。でも、あれね、惣ちゃんと当たるにはどのポジションを確保すればいいのか、ずいぶんと計算したんだよ」
 そうだったんだ、と彼はつぶやいた。
「早川って大胆だよな。最近はみんなの前でも、僕のことを平気で、ちゃん付けで呼ぶし」
「だって、惣ちゃんは惣ちゃんだもん」
 そう言って、私は胸を張った。
 みんなが曲に合わせて楽しそうに踊っている。手をたたいてくるっとまわったり、足を上げステップを踏んだり。
 もう、踊れないんだな、と、惣ちゃんは言った。
「試してみる?」
 私は車椅子を押して、惣ちゃんを教室の真ん中に連れていった。
「ちょ、ちょっと」
 惣ちゃんは慌てていた。
「私が相手役じゃあ、不満?」
 廊下の電気はともされていない。ここだけが蛍光灯の光に照らされている。私と惣ちゃん、二人だけのステージ。
 私はパンッと手をたたいた。一回転して、惣ちゃんにタッチする。最初はとまどっていた惣ちゃんだけれど、だんだん乗ってきてくれた。笑みもこぼれた。
 ターラーラーラ、ターラーラーラ、ターラーラーラ、タタタ。リズムが怪しいかもしれないけれど、私は一生懸命、踊った。
「ターターターター、タララ、タタタ。はい、惣ちゃんもごいっしょに!」
 惣ちゃんの頬が赤かった。たぶん、私も。二人の鼻歌が教室に響く。
 ――これからも惣ちゃんとの思い出をたくさんつくっていきたい。溺れてしまうくらいの思い出をつくりたい。
 曲が終わると、私たちはひとしきり笑い合った。確実な鎖でつながっているような気がした。
 ふっと、沈黙が降りた。
 私と惣ちゃんはキスをした。どちらからともなく。




スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント