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タイムマインド(愛美編)(39)


       十三

 文化祭の日がやってきた。天気は良好、少しでも体を動かせば暖かさを感じられる、申し分ない文化祭日和だった──というのも、キャンプファイアのごとく火柱を上げ、そのまわりで「マイムマイム」の曲に合わせて踊る、最後の締めがあるからだ。しかし、惣ちゃんは踊ることができないので、惣ちゃんが取り残された気分にならないかどうか、私は気になっていた。もちろん私は彼のそばにいるつもりだけれど。
 私と惣ちゃん──ほかに二年生の男子と女子が二人いる──は「映画鑑賞」の係だ。一階の教室を借りてだらだらと映画を流しておくという、退屈極まりない係だけど、ビデオテープを入れ替える単純な作業と動員数の記録だけしておけばいいので楽なものだった。美歩は別の教室で数人の女子と喫茶店を開き、近野君は友だちとバンドを組んでライブを行うらしい。たしか「RCサクセション」のコピーバンドだと言っていた。高校みたいに一般客が訪れるわけでもなく、ただ自分たちがしたいことをするだけなので、張り合いがないといえばない。
 午前の部では、「風の谷のナウシカ」と「天空の城ラピュタ」を放映した。ここ最近では「ダイ・ハード」や「櫻の国」、「ターミネーター2」がヒット作だけど、わざわざお店でレンタルしなくても、テレビで流れた映画を録画している人に借りればいいので、それでジブリ映画にしたのだ。それに、なんといってもジブリは大衆向けだし、教師からも顔をしかめられるようなことはない。
「天空の城ラピュタ」のエンドロールが終わり、私はビデオを止めた。ちょうどお昼のチャイムが鳴ったところだった。生徒たちは椅子から立ち上がり、大きく伸びをしたり雑談したりしながら教室を出ていった。観客の入りは──途中にも出入りがあって細かくはわからないが──まあまあだった。
「惣ちゃん、お昼にしよっか」
 私は後方に片づけられた机の一つを引っ張り出して、弁当を置いた。二年生の男女は先輩の私たちに遠慮してか、隅っこに座ってぼそぼそとおしゃべりしながら食べている。
「何度観てもおもしろいね」
 惣ちゃんは私の向かいに来て、弁当のふたをはずした。一年生の机なので、車椅子でも負担にならない高さだった。
「世界観もキャラクターもすべていい。私も、あんな物語の主役になりたいなぁ」
 私は興奮冷めやらぬ状態だった。
「早川の性格を考慮したら、命知らずの無鉄砲なキャラクターに設定されるだろうな、きっと。宮崎駿も、早川をアニメの主役にするとき、『街が爆撃に遭っても、勇敢に立ち向かっていく謎の少女』って台本に書くだろうさ」
 惣ちゃんはタコ型のウィンナーを口に放った。
「何よ、それ」
 私はわざと唇をとがらしてみた。でも、内心ではぶっきらぼうに言われてうれしかった。
 じゃあさ、と、私は話題を発展させる。
「惣ちゃんはどんな物語に出たい?」
 うーん、と惣ちゃんはうなった。
「恋愛物、かな。有名な女優と競演できるし」
 女優と聞いて、むっとした。私といっしょに出たいとか、気をきかせたことを言えよと思った。しかし、気持ちとは裏腹に、「恋愛物かぁ、いいねぇ」と相槌を打ってしまう。つくづく、私は惣ちゃんに甘い。
「なんにしても、早川が主人公だとおもしろいかもな」
 惣ちゃんは映画プロデューサー然として言う。
「だってさ、行動力があるし、がむしゃらだし」
 褒められているのかけなされているのか、よくわからない。
 しばらくして、教室の入り口から手招きしている美歩に気づいた。私は惣ちゃんに断ってから廊下に出た。
「どうかした?」
「相談したいんだけど……いいかな」
 彼女は、彼女にふさわしくない態度で言った。周囲の目を気にしているようでもあった。
 なかなか話を切り出さないので、人目につかない場所──屋上へと、私は美歩を誘った。
「誰も聞いてないから、思う存分言ってよ」
「実はさ……」
 私はフェンスにもたれ、彼女の言葉を待った。
 街が秋の日差しに照らされている。にょきにょきと伸びているビルは、なんだか今にも折れてしまいそうだ。風は凪いでいた。時計の針が止まっているような景色だった。
「……告白しようかどうか」
 美歩の、弱々しく切実な声。
「いまだに迷ってて」
 私は美歩に向き直り、惣ちゃんに告白したときのことを思い返した。
「自分の胸に手をあてて、自分の気持ちに聞いてみればいいんだよ。もしもし、私は近野君にこの思いを言いたいですか、言いたくないですか? ってね」
「もう! 真面目に聞いてよ」
「大真面目だよ。大親友が悩んでるんだから、真面目に決まってるじゃん」
 美歩は口をつぐんだ。私の真剣さが伝わったのだろう。
「そりゃあ、私も告白するときは怖かったし、緊張したよ」
 私は明るく言った。
「でもね、好きって言えてすっきりした」
「それは、成功したからでしょ?」
「たとえ失敗したって、それで関係がなくなるわけじゃないよ。また挑戦すればいいと思うよ、何度でも――近野君が振り向いてくれるまで、何度でも好きって言えばいいじゃん。たぶん私は、惣ちゃんに断られたからって、また告白すると思うな。好きっていう気持ちは、断られて、はいそうですかで終わるものじゃないから、下手したら何年も消えてくれないかもしれないから、だから、いっぱい相手に伝えた方がいいと思う」
 静子さんが私を励ましてくれたように、私も美歩を励まして元気づけてやろうと思った。それに、美歩がいてくれたから、今の私がいるのだ。
 美歩はしきりにうなずき、顔を上げた。緊張はいくらかやわらいでいるようだ。
「まずは一回目の『好き』を言ってみることにするよ」
 私は、がんばれよーと、美歩の肩をもんでやる。私なりのエールの送り方だ。友情って最高に、いい。
「ちょっと、タンマ」
 美歩はいきなり片手を上げ、私を止めた。
「ねぇ、逆転してない?」
「逆転?」
 私は首をかしげた。
「そうよ、いつの間にかあたしと愛美の立場が、逆転しているじゃない」
 ああ、なんてことかしら、と美歩は額に手をあてた。
「よりによって愛美なんかに励まされるなんて、あたしとしたことが──一生の不覚だわ。いつもはあたしの方がからかっているのに」
 私はふくれてみせる。
「失礼ね。せっかく応援してあげてるのに」
「本来は――こういう関係なのよ」
 美歩が私に襲いかかってきた。
「ちょっと――」
 美歩に脇をくすぐられ、私は思わず噴き出した。
 美歩はなおも意地悪な顔つきで、攻撃の手をゆるめない。いつもの彼女だった。
 やっぱり美歩はこうじゃなくては、と、私は心の中でつぶやいた。




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