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タイムマインド(愛美編)(30)

 ゴミ拾いが終わると、自転車を漕いで静子さんの家に向かった。今日こそはお祖母ちゃんの真実を聞き出そうと固く決めていた。
 静子さんは玄関前につり下げられた小さな鉢植えに水を上げていた。庭に植えられたノムラカエデと同じ暗赤色のTシャツを着ている。
「こんにちは」
 私が挨拶をすると、彼女はにっこりとほほえんだ。
「そろそろ来るころかなって思っていたわ」
「体調の方はどうですか?」
「もう平気よ。本当に一過性のものだったみたいだから。さあ、上がってちょうだい」
 奥の間に通され、お茶を供された。室内には目立った埃や汚れがどこにもない。
 さっそくですが、と、私は話を切り出した。
 静子さんはほほえみを浮かべたまま、
「そうねぇ、どこから話しましょうね」
 私はお茶をすすり、彼女の言葉を待った。
「まずは順序を追って、あなたの母方の祖母──奥田愛子さんと、惣次君の祖父でもあり、うちの兄──初瀬惣一との関係について、話した方がいいわね」
 私は息をのんだ。やっぱり、惣ちゃんのうちと私のうちとは関係があったんだ。
「二人はつき合っていたのよ」
 静子さんは遠くを見据えた目で、さらりと言った。私は反射的に体に力が入った。
「うちから見たら、とてもお似合いのカップルだったわ。兄は内気な性格だったけれど、愛子さんのことになると、能動的になるの。まるでこの人しか見えていないとでもいうように。愛子さんはおしとやかで、だけど芯がしっかりしていて、自分を持っている人だった。眉目秀麗で、真似をしたいほどの存在だったわ」
 静子さんはいったんお茶で喉をうるおしてから、つづけた。
「二人はいつも親の目を盗み、つかの間の逢瀬を楽しんでいた。うち、学校帰りに二人を見かけたときがあったけれど、本当に楽しそうだった。ほかにも何人か知っている人がいただろうけど、たぶん、つつましく交際する二人の姿を見たら、両親に告げ口する気にはなれなかったと思うわ」
「親には知られたらいけなかったんですか?」
「町なかと違って、片田舎だと噂なんてすぐに立ってしまっていたわ。それに、お互いの父親が土地争いの真っ只中で、いわゆる犬猿の仲だったのよ。結局、愛子さんの父親が勝手に呉服屋との縁談を進めてしまって──兄と愛子さんは別れざるを得なくなってしまった」
「ひどい……」
 私はつぶやかずにはいられなかった。
「愛子さんが島根の呉服屋のところに嫁いでからは、兄は腑抜けになってしまったわ。果樹園の仕事に手がつけられないくらいに。うち、見ていて腹立たしいやら痛々しいやら……なんていっていいのかわからなかった」
 当時の情景がよみがえってきたのか、静子さんの顔にかげりがさした。
「そんなだらしない兄を見かねて、やがて父がお見合いの話を持ちかけてくるようになったの。愛子さんのことが忘れられない兄は、仲人の夫婦に頭を下げて断っていたけれど、父の方は一切、妥協しなかった。愛子さんのうちの父親と同様、勝手に縁談を進めていった。うちと母は、兄の味方だったけれども、父は一歩も退かなかった。『嫁をもらやぁ、奥田のバカタレの娘のことなんて、忘れられるだけぇ』の一点張りで、どうしようもなかったわ。
 そして、兄は結婚した。愛子さんと別れて二年ほど経っていたし、観念したようだった。相手の女の人はあまり特徴がなく、内気で、兄と同じような性質の持ち主だった。ただ、どこか違和感があった。父は『似合っとる、似合っとる』とよろこんでいたけれど、かえって気味が悪いくらい似すぎていて、お互いがなんとなく反発しているように見えた。一年後には長男が生まれ――それからは、もう本当に家庭が殺伐としていたわ。
 ……昔はよくあったのよ、こういうことが。親がすすめるからしかたない、という結婚が。うちは四年ぐらいあの家にいて、二人を見ていたけれど、正直、悲しかった。好きな者同士が結ばれず、ほかの人と紋切り型の結婚をする、そんな状況が、時代が、憎かった」
「惣ちゃんのお祖父ちゃん──惣一さんと、愛子お祖母ちゃんは、再会しないんですか?」
 私の気持ちは先を急いでしまい、身を乗り出した。
「兄と愛子さんは、再会するわ」
 本当ですか! 私は心からよろこんだ。
 しかし、静子さんの表情は暗いままだった。
「別れてから二十六年後にね……。二人とも、四十五のときに」
「でも、会えたんですよね。素敵じゃないですか──」
「再会したあと、兄と愛子さんは、心中したのよ」
 静子さんは弱々しくつぶやいた。


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