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タイムマインド(愛美編)(24)


       九

『この間は、ごめん。せっかくお見舞いに来てくれたのに、母さんが君を責めたりして。
 でも、早川は全然悪くないよ。ほんとだよ。実際、元気をもらっているし、感謝してる。
 早川を見ていると、このままだとだめだなって思えてきて、自分が情けなくなった。最初はリハビリを拒否していたんだけど、がんばって前進しようって決心したよ。何もやらずに寝転がっているよりはマシだよね』

『機能回復訓練っていっても、足が治る見込みはない……らしい。近ごろはリハビリ室に行くのが億劫。プッシュアップ運動をしたり、座っている状態からよつんばいになったり、そんなことをえんえん繰り返してるだけ。一つ一つにはちゃんと意味があるんだろうけど、どうしても無意味に感じられてしまう。でも、何もしていないときはもっと空しい。毎日同じような食事にも飽きたし。
 ごめん、愚痴ばっかりで……』

『あらかじめ言っておくけど、今日は愚痴ではありません。今の僕は、すごく前向きになれているから、もう弱音は吐かないつもり。
 最近は車椅子に関する訓練をしている。ベッドに腰かけて、車椅子の肘掛けを持ち、片手はベッドにつけたまま、上半身を持ち上げて移乗する。ほかにも、ベッドから車椅子への後方移動とか、まあ、いろいろとやってるよ。早く車椅子で移動できるようになって、外に出たい!
 僕がそういう気持ちになれたのも、全部、早川のおかげです。
 早川が花を持ってきてくれるたびに、外に出て、花を見たいなって思っていた。だから、最近リハビリは苦痛じゃなくて、希望だってわかってきた。つらいし、とてつもない困難だけど、今は歯を食いしばるときだって自分に言い聞かせている。
 きれいな花が一面に咲いている場所を知っていたら、教えてください。車椅子をマスターしたら真っ先にそこに行くから』

「何、にやにやしてるのよ」
 惣ちゃんの文章を飛び飛びに読んでいると、美歩が話しかけてきた。
 別になんでもないよ、と私は意味深に答えて、ノートを閉じた。夏の名残を思わせるゆるやかな風が髪をなで上げた。
 私と美歩は屋上に来ていた。ときどき昼休みに来る絶好の場所だ。私は学校内で一番ここが好きだった。ただ、難を言えば不良たちの溜まり場にもなっているので注意しなければならない。
 フェンス越しに校庭を見下ろす。男子はサッカーやドッヂボールに、女子はバドミントンやバレーボールに夢中になっている。
 美歩は大きく伸びをして、
「惣次君、もうすぐ退院できるんだって?」
 うん、と私は快活に言った。惣ちゃんが学校に戻ってくる。考えるだけで、胸のあたりがほくほく温かくなった。
「でも、だいじょうぶかな。車椅子で移動するのは難しいんじゃない?」
 その点は私も心配していた。だから、惣ちゃんの退院を知ったあくる日、校長のもとに聞きにいったのだ。すると校長は真剣に取り合ってくれた。
「だいじょうぶだよ。校長先生が言ってたけど、不便なところがあったらすぐに対処するって、惣ちゃんが帰ってきてもいいようにしてくれるって。そりゃ困ることがいろいろと出てくるかもしれないけどさ、とりあえずはだいじょうぶ、きっと」
「愛美──なんか、成長したね」
「いきなり、何よ」
「愛美のことだから、どうせうじうじするだろうって思ってた」
 美歩は、そこでわざと声色を変えて言った。
「惣ちゃん、だいじょうぶかなぁ。学校生活には慣れるかなぁ、やっていけるかなぁ、って悩んで、あげくの果てには泣くと思ってた。愛美は明るいけど、その反面、ものすごく悲観的なところがあるから」
 私はふくれっ面をしてみせる。
「私は図太くなったんです」
「そうそう、その調子で、もっと神経をにぶらせた方がいいよ」
 いやぁまったく、成長したねぇ、と、彼女に頭をなでられた。
 美歩は私よりもしっかりしていて、実はたくましい。人を茶化したり、幼稚なことを言ったりするけれど、芯はぴんと張っていて、強固だ。お調子者に見られがちな彼女だが、故意に人を傷つけたりはしない。
 私はあらためて、いい親友を持ったものだと感じた。くすぐったいから口には出さないけれど。
 屋上の入り口の扉が開く音がした。私と美歩はじゃれるのをやめた。反射的に不良たちが来たのではないかと思ったからだ。一年生でも、恐いやつは恐い。
 と、こちらに歩いてくる人影には見覚えがあった。美歩の肩がびくっと跳ねた。
 近野君は後頭部をかきながら、私の前に来た。カッターシャツの、上から一つ目と二つ目のボタンがはずされていて、襟もとが風にあおられていた。
「……あのさ」
 私と美歩は顔を見合わせた。どちらに向けて発された言葉かわからなかったからだ。
「早川は、どの委員をするの?」
「へ?」
 私は間が抜けた返事を返した。
「だからさ」
 近野君は視線をそらし、じれったそうに言った。
「五時限目は、二学期の各委員を決めるだろ。早川は何にするのか聞いてるんだよ」
 彼が言いたいことはわかったが、意味していることはわからなかった。
「別に……なんでもいいよ。狙ってる委員とかないし」
「とりあえず何か決めろよ」
「じゃあ、美化委員……あたりかな」
「美化だな。絶対、だぞ」
 近野君は念を押し、あとずさるように入り口に向かっていった。私は苦笑いして、どうしちゃったんだろうね、と美歩に言った。
 そこでチャイムが校内外に鳴り渡った。妙に静けさを感じた。
 美歩はおそろしいほどの剣幕を顔に張りつかせていた。
「あの態度、いったい何? 愛美に気があるってこと?」
 さっきまでじゃれついていたのが嘘のように、美歩は私を敵視していた。
「違うよ。たぶん、私と同じ委員になったら、楽できると思ったんじゃないかな。要するに、近野君は、私を利用しようと考えているだけだよ。知らない人といっしょになったら、気をつかわなくちゃいけないから」
 美歩は何度か深呼吸をした。必死に怒りを抑えているようだった。
「ちょっと、どうしたの」
 私がおろおろしていると、美歩は、先に行くねと言って、駆け足で去っていった。
 美歩……。口からつぶやきが漏れた。彼女がどれほど近野君のことを好きか知っている私には、その嫉妬を理解できた。私だって、惣ちゃんがほかの女の子と話しているところを見たらいやになる。
 私は今後どうすればいいのだろう。




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