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タイムマインド(愛美編)(23)


       八

 夏休みはほとんど惣ちゃんの病室に入り浸った。惣ちゃんが笑ってくれる回数が増えるにつれて、病院に行くことが苦ではなくなった。リノリウム張りの廊下の感触も心なしか足の裏に合ってきた。
 惣ちゃんも、ようやく前を向いてくれるようになった。近ごろは学校から入れ替わりに教師が来てカンファレンスルームで勉強会が行われている。治療の段階は終わり機能回復訓練に励んでいるらしく、がんばれる目標があることは決して本当の苦痛ではない、と日記に書かれていた。
 私たちの交換日記は、充実している。いつも病室で長話しているから書くことがつきるかなと思っていたけれど、全然そんなことはなかった。惣ちゃんに伝えたいことはたくさんあった。なかなか外に出られない惣ちゃんに代わって、私がリポートするのだ。蝉の鳴き声や夏草のにおい――どんなにささいなことでもノートに書き残した。
 道端に咲いている花を見かけたら摘んで、惣ちゃんのところに持っていったりした。ケイトウや春菊、サルビアにダリア、蓮、向日葵、ラベンダー、と、言い出したらきりがないほどプレゼントした。とりわけキキョウを持っていくときはどきどきした。だって、花言葉は「変わらない愛」である。
 お盆が近づくころには、惣ちゃんは車椅子に乗れるようになった。私が病院の中庭で惣ちゃんの車椅子を押して散歩しているとき、彼はとうとつに、ありがとう、と言ってくれた。意外や意外、あまりにもとうとつすぎて、私は頭の中が真っ白になった。あらかじめタイミングを見はからっていたのか、惣ちゃんは平然と空を見上げていた。私はひさしぶりに泣きたくなった。心配かけやがってー、と、私は惣ちゃんのぼさぼさ頭をかきむしってやった。
 私たちは花火大会の日もいっしょに過ごした。病院の廊下から眺める花火はどこか特別だった。そばに惣ちゃんがいるからなのかもしれない。ほかの患者は中庭の方に集まっていたので、ほとんど私たち二人だけの世界だった。惣ちゃんの横顔を見ていたら抱き締めたくなった。
 連日うだるような暑さがつづいた。新聞のテレビ欄には夏の特番が増え、熱中症で倒れる人の記事をよく見かけた。
 私は部活にも精を出した。さんさんと輝く太陽に照らされ、肌は赤みを帯びて、お風呂に入るときなんか泣きたくなるくらいひりひりした。
 ただ、ボールを蹴っていると、ときどき惣ちゃんの影がちらついて、罪悪感に苛まれることがあった。そのことを静子さんに言うと、叱られた。あなたの欠点はなんでもかんでも自分のせいにしすぎるところだわ、もうちょっと図太くならなくちゃ、と。静子さんとの会話は、多くのことを学べた。そしていつもほっとさせられた。
 日々はあっという間に過ぎていき、二学期がはじまった。




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