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タイムマインド(愛美編)(20)

「この家は、うちの生家なの」
「知り合いなんですか?」
 惣ちゃんのお母さんは静子さんにたずねた。
「ええ」
 静子さんは座布団を一枚、自分の横に置き、こっちにいらっしゃい、と手招きした。私はのろのろと彼女のとなりに座った。
「この人はね、うちから見たら、兄の息子の妻なの。つまり義理の姪」
 静子さんの説明は私の左耳から右耳へと抜けていく。
「そんなにびっくりした顔をして」
「だって……まさか静子さんがここにいるとは思いも寄らなかったんで」
 ふふふ、と、彼女はいつもどおりにほほえんだ。
「そうだわ。お茶をお出ししなきゃ」
 惣ちゃんのお母さんは立ち上がった。私はすぐに、お構いなく、と手を振ったが、せっかく来てもらったんだから、と制された。
 しばらくは庭をぼんやり眺めたり掛け軸を見つめたりと、落ち着かなかった。
「緊張する必要はない──って言っても、無理よねぇ」
 そう言って静子さんはお茶をすすった。
「それに……どう謝ればいいのか、いまだにわからないんです」
「素直に、ありのままの気持ちを言えばいいのよ。心に浮かぶ言葉を、そのまま、ね」
 惣ちゃんのお母さんが戻ってきて、テーブルに湯飲みが置かれた。はす向かいに惣ちゃんのお母さんが座ったのを見てから、私は、あの……、と声を絞り出した。
「ごめんなさい」
 ──え?
 その「ごめんなさい」は、自分の声ではなかった。心の中でずっと唱えていた台詞が外から聞こえたので、私は手品を目の当たりにしたような気分になった。
 あのときはごめんなさい、と、惣ちゃんのお母さんは言った。
「気が動転していたの。惣次のことばかり考えていて、あなたをうるさく感じていたの。なるべく足のことに触れさせまいと思って、あなたを惣次と会わせなかった。あなたが、『きっと治るよ』とか『がんばろう』とか、希薄な言葉を言わないだろうかと、不安だったから……」
 彼女は深いため息をついて、そして私の方に顔を向けた。
「考えてみれば、何も聞かされていないあなたに、惣次の足の状態なんてわかるはずがないわよね。それなのに私は、あなたを一方的に責めた。……たぶん、溜まっていたものをどこかにぶつけないと気がおさまらなかったんだと思うわ。私の勝手で、あなたにつらい思いをさせてしまって──本当にごめんなさい」
 頭を下げられたので、私は慌てて、やめてください、と言った。
「悪いのは私なんです。あんなに長いこと入院しているのに、そのことに疑問を抱かなかった。惣次君は病室で退屈しているだろうなと決めつけて、毎日通っていた私が悪いんです」
「まあまあ。お互い自分を責めるのはよしましょ」
 静子さんがなだめる口調で言った。
「二人とも惣次君を思っての行動だったんだから、ちょっとした齟齬がここまで大きくなっただけで、何も問題ないわよ。それに、惣次君は二人に仲直りしてほしいって言っていることだし」
「あの子、私にも早川さんはぜんぜん悪くないからって、言いました。前向きな彼女を見ていると元気をもらえる、とも」
 惣ちゃんのお母さんの表情は心持ち和やかになったようだ。
「惣次君がそんなことを……」
 私はつぶやいた。
「そうそう」
 何かを思い出したのか、彼女はせわしなくどこかに行ってしまった。しばらくして一冊のノートを持ってきた。
「これ、惣次から預かっているの。一昨日、静子おばさんから、あなたが家に来るかもしれないと聞いて、私、そのことをあの子にも言ったのよ。そうしたら、これを早川さんに渡してくれって頼まれて──返事を書いているらしいから」
 交換日記を私は手に取った。だけど、ためらった。
「でも、これはやめた方がいいですよね。……一ページ目にはあんな言葉が、あるし」
「これは惣次君とあなたの問題なんですから、お見舞いに行ったときに、じっくりと話し合えばいいわ」
 静子さんが言い、惣ちゃんのお母さんもうなずいた。
「また病院に行ってもいいんですか?」
 もちろん、と、二人の大人が同時に声を出して、顔を見合わせた。私は思わず噴き出してしまった。




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