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タイムマインド(愛美編)(19)


       七

 今日は第四土曜なので学校は休みだ。いつも休みの日はだらだらとして、ひどいときは昼まで眠っている私だが、昨夜は寝つけずに何度も寝返りを打ち、結局、一睡もしないで朝を迎えた。洗面所で顔をたしかめると、思ったほど様変わりしていなかったので、とりあえず胸をなで下ろした。まあ、一日ぐらい寝なくても平気と言えば平気だった。
 二階の自室に戻ると、パジャマを脱いで私服に着替えた。半袖シャツの上に明るい紫色のカーディガン、チェック柄のスカート。気に入っている組み合わせだ。
 気合いが入ったところで、私はふたたび階下に降り、黒電話の前に立った。廊下の柱時計を見ると針は十時五分前を示していた。呼吸を整えてから受話器を取った。思いのほか重みがあった。
 コール音が響き、数回目で「もしもし」と声がした。惣ちゃんのお母さんだとわかった。
「もしもし。早川と申しますが……」
「ああ」
 惣ちゃんのお母さんはため息にも似た声を出した。
「あの……私、ちゃんと謝りたいと思って、電話したんです。気まずくなったままは、いやだから」
「そう、ね」
「厚かましいかもしれませんが、今からそちらにうかがってもよろしいですか?」
 しばしの沈黙のあと、ちょっと待ってて、と言われた。夫とかと話し合っているのだろうか。ただ考え込んでいるだけかもしれない。私はそわそわしながら返事を待った。
「もしもし?」
「あ、はい」
「じゃあ、悪いけど来てくださいます?」
「はい、わかりました」
 意外にもあっけなく決まり、私は拍子抜けした。
 電話を切ると、台所からお母さんが顔を出してきた。エプロンの裾で手を拭きながら、
「どこに行くのよ」
「ちょっとね」
 両親は、私と惣ちゃんのことなんてぜんぜん知らない。
「もしかして」
 お母さんは不敵な笑みをのぞかせた。
「恋人でしょ」
「は?」
「敬語を使っていたから、相手は年上と見た。そして、あの口振りからすると、喧嘩でもして気まずくなっている、だからあんたは謝りたい、と。どう?」
 私は肩をすくめた。
「サスペンスの見すぎだよ。なんでもかんでも推理すればいいってもんじゃない。たいがい、はずれているし」
「そうなの」
 母は口を丸くすぼめた。今年で四十の母親がする仕種か、と私は突っ込みたくなったが、これ以上つき合っていると惣ちゃんのうちに行く前に疲れてしまう。私は無視して玄関に向かった。
 戸を開けると、外のまぶしさに目を細めた。車庫から自転車を出して、私は早速立ちこぎで家の前の坂道を下っていった。あらゆるものがつぎつぎと後ろに流れていく。電線には二羽のツバメがとまっていて、日光浴を楽しんでいた。犬を散歩させている老人、ジョギングする青年、何やら話し込んでいるおばさんたち。
 昨日静子さんに教えてもらったとおり行くとカナメモチの生け垣が見えてきた。近づくにつれて長屋や車庫、蔵なども見えてくる。この村は立派な家が多いけど、惣ちゃんの家も負けていない。
 車庫に自転車を入れて、玄関に行った。心臓の鼓動が大きくなった。私はおそるおそるチャイムを鳴らした。
 足音と同時に、はぁい、開いてますよ、と声が聞こえた。
 私は引き戸を開けた。廊下には惣ちゃんのお母さんがいた。彼女はぎこちなく、どうぞ、上がってくださいと言い、奥の方に引っ込んでいった。ばつが悪いのはお互い様だなと思った。
 家の中は外と違い、一段と温度が低く感じられる。私は台所を通り過ぎて、解放感のある客間に入った。
 そこで、来客が一人いることに気づいた。後ろ姿しかうかがえないが、グレーのジャケットを着た女性がテーブルに座っていた。その向かい側には惣ちゃんのお母さんがいる。
「……お邪魔します」
 声をかけると、女性が振り向いた。
「どうも、こんにちは」
 すずしい顔で静子さんは言った。
「どうして、ここに」
 私は声がひっくり返ってしまった。




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