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タイムマインド(愛美編)(15)

「一生、歩けないの。わかる? 一生よ、一生。死ぬまで歩けないの」
 彼女は叫びにも似た声で、一言ひとこと強調しながらしゃべった。
「あなたなんかに、惣次の苦しみがわかりっこないわよね。親の私ですらわからないんだもの。惣次はね、病状を宣告された日に、手に負えないほど暴れたのよ。手もとにあるものは全部投げて壁にぶつけて……私や夫、看護婦さんらが一日中押さえつけておかなければいけなかった。泣きじゃくって泣きじゃくって、そりゃあもう、痛々しいってもんじゃなかった。……お願いだから、惣次を、そっとして上げて。二度と、あの日のような狂った惣次を見たくないの。足が治るといいね、なんて、軽はずみに言わないで!」
 ……私は、私は惣ちゃんに、なんてことをしてしまったのだろう。
 惣ちゃんの足は治るものだと思い込んでいた私は、そこまで深刻にとらえていなかった。惣ちゃんに会いたいために病院を訪ね、惣ちゃんと会話したいために交換日記を渡した。だけどそれは、彼に負担をかけているだけだったのだ。
 立てなくなったショックは、私のちっぽけな想像力では到底わからないだろう。私は邪魔者──私は最低──私は馬鹿だった。
「ご、めんね……惣ちゃん」
 私は涙を制服の袖でぬぐいながら、謝った。
「何がごめん、よ」
 惣ちゃんのお母さんに襟もとをつかまれた。私のふにゃふにゃになった体は、激しく前後に揺さぶられた。
「だから会わせたくなかったのに──」
「やめろ!」
 惣ちゃんの怒りと悲しみがこもった声に、私たちは静止した。
「やめてくれよ。母さん、早川は悪くないんだ。ぜんぜん悪くないから……」
「惣、ちゃん」
 私はぎこちなく惣ちゃんを見た。視界は涙でにじんでいるけど、彼が両手で頭を押さえていることはわかった。
「ごめんな、早川。ほんと、ごめん」
「なんで? なんで謝るの? 無神経だった私が悪いんだよ」
「早川には言おうと思ってたんだ。だけど言えなかった。ごめん」
 私が交換日記を渡した日、あの日に惣ちゃんは「ごめん」と言った。それを聞いた私は恐くなってエレベーターまで走って逃げた。
 今なら理解できる。あの「ごめん」は、彼の足が治ると信じて疑わない私に対しての謝罪だったのだ。惣ちゃんは私を苦しめないために押し黙り、「ごめん」としか言えなくなったのだ。
 たくさんのものを失ったような気がした。
 私って、最低。




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