FC2ブログ

記事一覧

十一月(「複製」)


Frank Harrison Trio - Answer Me, My Love



行方不明の鍵をさがす午後、いまだにじぶんがどの扉を開けたいのか判然としない。いや、そもそもなんの鍵をさがしているのかさえもあいまいだ。机も椅子も窓の配置も、なにもかもきのうのままのようではあるが、じぶんじしんはもうすっかり、かわってしまっていることに、おどろきを禁じえない。
窓の外、こもれびのそこここに、ききおぼえのあるささやき声がひそんでいる。あなたが、あなたに、「むなしい」とささやいている。
ぼくもまた、ドロップ缶をふって「むなしい」をとりだす(それは虹のかけらのようにきれいだ)。呼吸と呼吸の間隙に、すばやく、ほうりこむ。
「むなしい」がゆっくりとからだじゅうに染みこんでいくのを、できれば〝いとしい〟とおもいたい。

   *

(駅のホームで通勤の列にならんでいると、そのなかからひとり、なじみのある顔があらわれる。まえにもどこかでその顔を見かけたことがあるが、判然としない。ずんぐりとしていて、顎が二重になっている。そのなじみのある顔の持ち主はのそりときみのまえにきて「やあ」という。きみが返事を返さなくても一向に気にしない。
こいつはきっと「複製」にちがいないときみは直観する。しかし、きみにはまだ、じぶんの勘があたっているかどうか判断するすべがない。あまり「複製」としゃべってはいけない。かかわりをもてばもつほど、「複製」はきみの顔や体型、性格やしぐさまで完全にコピーしてしまう。きみに似た人間をこのまちに解き放ってしまうことになるのだ。
「複製」はこのまちのあちこちできみになりすまし、きみの評価を下げる。ときには「複製」のほうがほんものだとまちがわれることもあるだろう)

   *

地図のまんなかはいつも海だ、旧知であるにもかかわらずろくなあいさつがかえってこない。見て見ぬふりを決めこんで、枯れ草で編んだ舟をだす。櫓をこぐたびに魚たちの利き手を予測する。あるいは、なんの作為も意図もなく、ただたんに風のなかのひかりをついばむ小鳥たち。果実の断面をよこぎる、ありもしないのどのきしみ音。水面のにぶいかがやき。わすれもののように、いつか故郷を泣かせたい。




スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント