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タイムマインド(愛美編)(13)


       五

 私はゴールデンウィークが明けてからもプリントや給食の残りを病院に届けた。惣ちゃんのお母さんに何度も「つらいでしょうから、やめていいわよ」と言われた。私は、やめるもんか! と胸のうちで反発した。惣ちゃんにやめろと言われたら考えるけど、お母さんに言われたぐらいでは怯まない。
 だから今日も、学校が終わると病院に直行した。すっかり見慣れた病院内を早足で進み、休憩所まで行くと、惣ちゃんのお母さんを見つけた。観葉植物の置かれてあるところで医師と話し込んでいた。
 ――お母さん、やっぱり今日もいる……。
 私は落胆しつつのろのろと近づいていった。が、惣ちゃんのお母さんはなかなか私の気配に気づいてくれない。
 私は、しめた、と思った。このままここを通り過ぎれば、惣ちゃんに会える。
 惣ちゃんのお母さんは医師に向かって頭を下げている。見つかったら見つかったときのことだ。気づきませんでした、とか言って、とぼけたふりをすればいい。私はなかば楽観的に構えて惣ちゃんの病室に行った。
 惣ちゃんは私を見たとたん、漫画雑誌を広げたまま、まるでこの世に存在していないものを見るかのように目を丸くした。
 私は口もとをゆるめて、
「お母さんの目を盗んで来ちゃった」
 と言った。
 惣ちゃんは、そっか、と言って、雑誌をマガジンラックに戻した。心なしか彼の表情がおだやかに感じられた。
 なんだか私はうれしくなった。
『……あのさ』
 惣ちゃんと私の、二つの声。一瞬、間ができて、それから私たちは噴き出した。
 私は笑いながら、
「なに?」
「いや、早川が先に言ってよ」
「惣ちゃんが先に言いなよ」
「言わない」
「じゃあ、私も、言わない」
 他愛ないやりとりがまたおかしくて、私はくつくつと笑った。
「僕から言うけど……」
 惣ちゃんは長く伸びた前髪をうっとうしそうに揺らしてから、
「交換日記、書いたから……つぎは早川な」
 私は跳び上がりそうになった。私が「あのさ」のつづきに言いたかったことは、「交換日記、ちゃんと書いてくれた?」である。
 惣ちゃんはベッドの敷きパットをめくって、一冊のノートを取り出した。はい、と言って私に差し出す。返事を返してくれるかどうか、半信半疑に思ったこともあった。だから今、私の手にこうやって返ってきたことが、非現実的に感じられた。
「ありがとう」
 私はノートを胸に押しつけ感触をたしかめた。中におさめられた文章の温かみまで伝わってくるようだ。
 顔を上げると、惣ちゃんの視線は私の肩越しに向かっていた。私はそれにつられて、首をひねった。
 惣ちゃんのお母さんがいた――目の前に。彼女は頬を紅潮させて、じっとこちらをにらんでいる。




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