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タイムマインド(愛美編)(12)

 おばさんの家は山の麓にひっそりとたたずんでいた。ささやかな庭付き一戸建てだ。築二、三十年は経っているようであるが、玄関を開けると立て付けのよさがわかった。花瓶に生けられたフリージアは瑞々しく春の呼吸をしていた。やわらかい、感じのいいにおいをかいでいると、おばさんに「さあ、上がって上がって」とうながされた。
 広々とした客間に通され、私は緊張した。
 おばさんはお茶を淹れてくると、それを私に差し出し、テーブルを挟んで真向かいに座った。掛け軸がかけられていて、違い棚には立派そうな骨董品が並んでいた。障子は開け放たれていて庭が見渡せる。そこには数々の盆栽と庭木があった。
 人の気配はしない。子どもはいないのだろうか。旦那さんはまだ仕事から帰っていないのだろうか。
「うちね、なんていうか、あなたに妙な親近感を持ってるの。あなたに失礼かもしれないけれど、似たもの同士というか、旧知の間柄というか、そういう感情があるの。こんなに歳が離れているにもかかわらず、ね」
 おばさんは快活に言った。
「ふしぎなことに、桜並木ではじめて会ったときから」
「私もです」
 そう、私も同じだった。このおばさんにはなんでも話せるような気持ちになれる。
「よかったわ。変なおばさんだと思われなくて」
 おばさんはおどけた顔をして、
「この歳で運命論なんか言ったら、一蹴されると覚悟してたわ」
 私たちは笑い合った。ひとしきり笑ってお茶をすすると、私は口を開いた。
「私、今入院している同級生のことが気になっているんです。というか、はっきり言って、好きなんです」
「うんうん」
 おばさんは真顔になって相槌を打った。
 私は、惣ちゃんとの出会いのことを──つまり小学校のころから今までのことを、洗いざらいしゃべった。学校が終わると公園でサッカーをしたことや、中学生になりだんだん気になりはじめたこと、いつの間にかすっかり惣ちゃんに心を奪われてしまっていたこと、試合中に惣ちゃんが怪我をして、今はあまり会えないから寂しいということ――。おばさんはすべてを受け止めてくれるような、広く構えた態度で聞いてくれた。
 話し終えて、安堵のせいか、私はむせび泣いた。外の闇が家の中にまで侵入してきていて、あたりをしんみりとさせている。切ない夜だ。
「……惣ちゃん、『ごめん』なんて言うんだよ。私、どうしたらいいかわからなかった。いまだにあの『ごめん』にはどんな意味が込められてるのか、わからない。もしかして、もう二度と来ないでくれって言ってるのかもしれない」
「そんなことないわよ」
 おばさんはやんわりと言った。
「その子には、まだ怪我をしたショックが残ってるのよ。またサッカーができるようになるか、もとどおりに完治するか、不安なのよ。あなたのことを嫌っているわけではないと思うわ。これ以上お節介すると迷惑がられるかな、と思ったらブレーキをかけるのも大事だけれど、この気持ちだけはわかってほしいなと思うのなら、まっしぐらに突っ走るべきよ。迷っちゃだめ。迷いは人をにぶらせるだけだわ。自分の直感と考え方を信じて行動したらいいじゃない。好きだったら、好きだからこそまた明日もお見舞いに行くべきよ。その子のお母さんが邪魔をするんだったら、そこは大人しく引き下がって、つぎのチャンスをねらえばいいの。いつかきっとあなたの思いは届くから。ひたむきな人は、強くて、運命をも変えてしまうくらいのパワーを持っているものよ」
 やっぱり、このおばさんは特殊な人だ。私の迷いを吹き飛ばしてしまう。
「私、自分の素直な気持ちに従ってみます」
「うん。あなたの恋が成就するかしないか、それも問題だけど、それ以前に、その惣ちゃんって子にしてあげられることを考えたらいいんじゃない?」
 私は目もとをぬぐって、首を大きく縦に振った。
「泣くとすっきりするでしょ。うちもね、小さいころは感情的になりがちな性格だったのよ。まあ、今もあまり変わってないけど。だから、泣くときは思いっきり泣いてた。泣くっていうのは精神的にもいいの。だから、惣ちゃんを思って思って、これでもかっていうぐらい思って、苦しくなったら、今日みたいに泣きなさい。人前でもどこでもいいから。どうせ人の噂も七十五日よ」
 おばさんはそう言って、目尻にしわを寄せた。
「そろそろ帰らないと、ご両親が心配するわね」
「あの、また来ていいですか」
「もちろん、大歓迎よ」
 私はまだ帰りたくなかったけれど、しかたなく時間と折り合いをつけた。おばさんにお礼を告げて玄関に行った。
「諦めないで。好きなんだったら、とことんやらなきゃ」
 おばさんは胸の前で手を握り締めて小さくガッツポーズをした。
 私は、はい、と元気な返事を返した。
 私は立ち漕ぎで自転車を走らせた。途中で、名前を聞くのを忘れていたなと思ったけど、また今度会ったときに聞けばいいやと思い直した。だって、おばさんとはもう友だちだ、いつでも会えるのだ。
 風は凪いでいて、しんとした夜空に無数の星が散りばめられていた。
 ひさしぶりに門限を破ってお母さんに怒られたけれど、私の気分はとても晴れやかだった。




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