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タイムマインド(愛美編)(6)

 学校が終わると、早速、自転車に乗って病院へ向かった。部活は休むことにした。鞄の中にはプリントとパン、牛乳を詰め込んでいる。
 高架になったバイパスの下を抜けて十字路に差しかかると左に折れた。なだらかな坂道を上がって、そのまままっすぐに進むと市立病院が見える。自宅とは反対の方角に来てしまったので帰りはかなり時間がかかるだろう。空は一面雲に覆われ、今にも雨が降りそうな気配をにおわせていた。
 ──惣ちゃんに会えるだろうか。
 不安がよぎる。担任の先生は、惣ちゃんのお母さんに手渡したらいいと言った。だけど、それだけでは私は満足しない。実際に惣ちゃんの顔が見たい。惣ちゃんと話がしたい。なんで会ってはだめなのかずっと考えたけれど、いまだにわからない。
 お母さんに直接聞いてみよう。私が出した答えはそれだった。
 病院のだだっ広い駐車場を横切っていく。
 一階の受付前待合所で惣ちゃんの病室をたずね、エレベーターに乗った。ひさしぶりの病院だったので、独特のにおいがしつこく鼻についた。ナースステーションを曲がったところで、早川さん? と呼び止められた。いきなり自分の名前を呼ばれ、私はびっくりした。後ろを振り返ると、休憩所から中年の女性が歩いてきていた。
 私はすぐに惣ちゃんのお母さんだとわかった。直接話したことはないが、参観日や運動会とかで知っている。
 惣ちゃんのお母さんは私の名札に視線を向けてから、口を開いた。
「どうもありがとう。わざわざ惣次のために」
 近くで見ると、惣ちゃんのお母さんはひどくやつれていた。目は落ちくぼみ、肌の肌理が荒い。白地の開襟ブラウスにカーディガン、尾錠のついた丈の長いスカート。服装には清楚な印象を受けるが、どうも表情と結びつかない。参観日に来ていたときはきれいな人だと感じていただけに、私はこのギャップをうまくのみ込めなかった。
 私はここに来る前の気持ちを思い出した。
「あの……惣次君に会ったら、だめですか」
 惣ちゃんのお母さんは微苦笑して首を落とした。
 私は後方にある病室をちらっと見て、
「せっかくだから、会いたいんです。クラスのみんなも惣次君の状態が気になっていると思いますし」
「ごめんなさい。今はまだそっとしておいてほしいの」
「でも……」
 鼓舞していた気持ちがしぼんでいく。惣ちゃんのお母さんの弱々しい声を聞いていると、心身ともに疲れていることがうかがえる。そこまで重い容体なのだろうか。真実を知りたいようなこのまま黙って帰りたいような……。
「じゃあ、先生によろしく言ってくださいね。今日はありがとう」
 惣ちゃんのお母さんは軽く頭を下げると、私の返事を待たず歩き出した。
 強制的に話を切り上げられた私は慌てて、
「また明日も来ます!」
 と言った。
 今にも倒れてしまいそうな彼女は振り返らなかった。




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