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十一月(「ジャコメッティ展」)


tofubeats「RIVER」



読みかけの本が伏せてあるベンチのまえを過去の亡霊たちがしずかによこぎっていく。匿名性の、そのあられもない所作を、荼毘所の煙突からながれる排煙がいまにも過剰に演出するかのようだ。本を手にとると、メモがいちまい、はさんであった。

〇「ジャコメッティ展」〇ジャコ化(ジャコ現象)はいったいなにを意味しているのか?
〇えんえんとくりかえされる日々。「涼宮ハルヒの憂鬱」の夏休み(エンドレスエイト)のような。〇資本主義と結びつけることは可能であるか。消費をやめた瞬間、ひとはなんのまえぶれもなくジャコ化する。いつもお菓子を食べている〇〇くんはジャコ化しない。主人公、ピエ太。

まちが西日でふくらんだように見える。もう三十年以上このまちに住みついているのだとおもうと、なんだかいまの状況にたいしても嫌気がさしてしまう。だからといって、どこにいきたい、というわけでもない。

   *

(……生まれたのだから死ぬしかないのであれば死ぬために生きるにはどう生きればいいのだろう。ものをもてばもつほど欲望をかきたてられるのであればものをもつのをやめればいいのか。ひととくらべればくらべるほど劣等感にさいなまれるのであればなにもかも見ないようにすればいいのか。しかし、ものをもたずひとから目をそらしつづけたところで、なにもない、わけでもなければ、なにものでもない、わけでもない。なにかを得ようと、そしてなにものかになろうとすること以上に、なにかを得ないこと、なにものでもないことが、より生を欲情させる装置にはならないか。なにかを得ても得なくても、なにものかになった気がしてもしなくても、いずれにせよ、ひとは生を――あるいは死をも――欲情させてしまう。結局、いつか死ぬのだからせいぜい生きるしかないのであれば生きるために生きるにはどう生きればいいのか、という思考停止におちいってしまうのがこのごろのつねだ……)

   *

踏切のまえ。警報音。息づまるほどのありさまのなか、視界をよぎるのは、盗難自転車の面影とか。泳げない魚の悲鳴とか。路上の空き缶や瓶はひっそりと輝くのがうまい。だれのものでもないつり革をぐっとつかんでいるじぶんと目があった。

――詩人もまた、比喩の奴隷だろう。
そういって、アレクセイ・カラマーゾフの亡霊はせせらわらう。


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