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タイムマインド(惣一編)(15)

 僕は、さきほど見た夢を思い出していた。僕が追いかけていたあの少女は、愛子さんなのではないか──そう思えてしかたがない。あの夢が示唆するところによると、僕はいつか、なんらかのかたちで愛子さんと再会するに違いない。夢では名前すら呼んでいなかったから、本当にあの少女が愛子さんかどうかはわからない。あの少女が「愛子」という名前でなくても、もしかすると、愛子さんの生まれ変わりかもしれない。そこで、僕は考えた。
「僕たちは未来で再会するかもしれない。たぶん、生まれ変わって。そのときに証拠がほしい。その人は、本当に奥田愛子の生まれ変わりで、魂が同じものかどうか、という証拠が。もっとも、名前がついているからといって、その人が愛子さんとは限らないし、逆に、僕とも限らん。同じ名前のもんはようけぇおるから。でも、お互いのしるしとして名前をつけておいた方が、わかりやすいにはわかりやすい、と思う」
 思いがけない衝動に突き動かされるまま、僕は言う。
「だから、名前をつけるんだ。そのままでなくてもいい。たとえば、僕だと惣一の『惣』を、愛子さんなら『愛』をつけて、強く念じるんだ」
「生まれ変わるにしても、そう都合がよく、望んだふうにいきますかねぇ。孫に名前をつけたとしても、その孫に生まれ変われるかどうか、わかりませんもの」
「いや」
 僕には確信があった。それはおそろしいほど強靱なものだった。
「望めば、その子として生まれ変われると思うんだ。僕の話を理解してくれた愛子さんならわかるだろ? 人間の魂は、たとえ身を変えようとも、同じもんだ。魂に強く言い聞かせておったら、きっとその身に移れる。季節が訪れれば、また芽が出て花が咲くように、人も植物もなんら変わらん。そしてその木に生まれた花は、終わることなくずっとその木に咲きつづける」
「うちには、まだよくわかりませんが……」
 愛子さんは表情をやわらげた。
「もしも、惣一さんと一緒になれる可能性が少しでもあるのならば、それに賭けてみようと思います」
 風が強まった。枝を揺さぶられた桜が、淡紅色のそれを目一杯降らす。
 僕たちはしばらくの間、無言で桜を眺めて過ごした。しゃべらなくともお互いの気持ちが離れることはない。僕は、愛子さんの手を握った。彼女は抵抗しなかった。時間がとまってほしい、と心から願ったが、無情にもあたりは暗くなっていった。
 愛子さんは静かに泣いていた。
 僕はきれいだと感じた。本当なら彼女を誰にも渡したくなかった。どうにもならない現実が憎々しく、同時にやるせなかった。
 未来はどうなっているだろう。周囲の反対を押し切ってまでして、愛しい人と添い遂げられる時代になっているだろうか。それとも、女性はまだ親の言いなりになり、人生を決められなければならないのだろうか。できればよりよい方向に変わっていってほしい、と願わずにはいられない。
「そろそろ、行きます」
 愛子さんは消え入りそうな声で、言った。
 僕は心臓をわしづかみにされたような痛みを引きずりながら立ち上がった。彼女の家と僕の家は反対にある。ここで別れなければならない。
「そうだ!」
 僕は、ずっと持っていた傘を差し出した。
「こんなものを持ってきたんだが……受け取ってくれるか?」
「……うれしいです」
 愛子さんは傘を大事そうに胸もとに寄せて、
「大切にします」
 そのとき、僕の体内で強烈な波が打った。両手を彼女の肩に置き、強引に引っ張り、口づけをかわした。
 愛子さんも腕をまわしてきた。お互いがお互いを強く引き寄せて放さなかった。
 今を憶えておこう。永遠に忘れまい。この胸の焦がれる思いや彼女の感触、あたりの沈んだ光景を──今の人生でも、つぎの人生でも憶えておこう、と僕は心に誓った。僕たちは「線」でつながっているのだ、離れることはない。
 どれくらい時間が流れただろうか。どちらからともなく唇を離した。
 愛子さんはいつものやさしい笑みを残して、去っていった。最後に見た彼女の後ろ姿は、りんとしていて、揺るぎない決心に満ちあふれていた。


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