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タイムマインド(惣一編)(14)

 静子は愛子さんをこちらに引っぱってきている。そのとき汽笛が鳴り響いた。線路の向こうから蒸気機関車が近づいてきた。僕は立ち上がった。もう会えないと思っていた愛子さんが、踏切を挟んで立っているのだ。
 蒸気機関車は愛子さんを隠しながら轟音とともに通過していった。やがて静子と愛子さんがやって来た。
 桜並木は彼女たちをよろこんで迎え入れているかのように花びらを散らせる。
 愛子さんは、僕の前まで来ると顔を上げた。
「……もう会えないと思っていました」
 僕が思っていたことを彼女も思っていてくれていたようだ。純粋にうれしくなった。
 静子は勝ちゃんに駆け寄り、背中を押した。
「さあさあ、さっさと邪魔者は立ち去るべし」
「あ、ああ、そうだな」
 勝ちゃんが動揺した面持ちで扇子をあおぐ。そして静子に押されながら連れて行かれた。静子たちの足取りは存外速く、見る見るうちに遠のいていく。帰ったら、妹に、勝ちゃんのことをどう思っているか聞いてみようと思った。
 愛子さんが、
「あの二人、お似合いですね」
 と言った。
「両方気が強いし、快活だしな。だけど、ありゃあ、勝ちゃんの方が尻に敷かれるで。結婚したら間違いなくかかあ天下になるわ」
 愛子さんは笑った。その笑顔をひさびさに目にしたようで、僕は胸が躍った。
「それにしても、よく家を抜け出してこれたなぁ」
「静子さんのおかげです」
 愛子さんは風になびく髪を耳に引っかけて、
「彼女が帳面を持ってきてくれたんです」
「帳面?」
「ええ、惣一さんの」
 僕は恥ずかしくなった。それに、静子にあの帳面のことを知られていたなんて──そういえば、昨夜、勝ちゃんが大声で「この帳面を愛子さんに見せるべきだ」とかなんとか言っていた。静子はそれを聞いていたのだろう。
「静子さんに、この帳面に書かれてあることは兄の本当の気持ちだからって、一生懸命説得されました。そして、読みました──うち、惣一さんの気持ちが痛いほどわかって、どうしようもなくなりました。家族のみんなは反対したんですけど、でも、今会っておかなければ取り返しのつかないことになると思ったんです。だから、ここに来ました」
 僕が黙っていると、愛子さんは、座りませんかと言った。二人で桜の木の下に腰かけると、舞い落ちる花びらが雪のように輝いて見えた。
「それでも」
 僕は吐息とともに言葉を吐き出す。
「それでも、行ってしまうんか」
 彼女は心底悲しそうにうなずいた。
「なんでそこまでして、嫁ぐだ?」
「親を悲しませるな。その、父のひと言で、うちは決心しました」
 反論できなかった。愛子さんが従順というわけではなく、それが当たり前なのだ。親に刃向かうほどの親不孝者は、この町にいない。誰もが親の示した道を選ぶ。
「うちは今日限りで惣一さんのことを忘れなければいけません。このような生半可な気持ちのまま、嫁ぐわけにはいきませんから」
「あの呉服屋のせがれのことは、どう思っとるだ?」
 愛子さんは、僕の問いには答えず、
「うちはあなたが話してくださった、生まれ変わりを信じています。いや、すがっていると申したほうが正しいのかもしれません」
「どういうことだ」
「今度生まれ変わったならば、そのときこそ、あなたと結ばれたい」
 ゆるやかな口調だったが、言葉の底に痛烈な響きがこもっていた。
 僕は窒息してしまいそうなくらい息苦しくなった。静まれと言い聞かせるように心臓を押さえながら、僕は切れ切れに告げた。
「名前をつけよう」
「名前?」
「ああ、孫になるかひ孫になるかわからないが、自分が死ぬ前に、生まれてくる子に名前をつけるんだ」
「どういうことです?」




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