FC2ブログ

記事一覧

十一月


越冬 / ICE BAHN



その本は、ページをめくるたびに咳をするので、これまで本というものはねむっているものだとばかりおもっていたが、じつはつねに目ざめているのだと、自覚せざるをえない。
日ざしが椅子の手擦れを際立たせていて、ぼくは一瞬、座るのをためらった。

   *

毎日、うなだれてしまうのは、いったいなんの釈明なのか、じぶんでもよくわからない。ふと鳥影に気づけば、ある事ない事。その遠さについて、だれかと語りあいたい。ひとは忘却までもかたく抱きとめることができるのだ、とでもいうように。

いくあてもない。会うひともいない。せわしなく助詞をころがすように飛びかう小鳥たちは、そこいらの草花にも、きょうの日付を耳うちする。草花は草花で、どこかまぶしそうに「ものごころ」というものの基準をとらえなおしている。小学生たちが笑い声をあげながらランドセルをふりまわしている。いつも近所ですれちがうお年寄りの集団とほほえみをかわす。ほほえみをかわすなり、まるで砂時計のようにさらさらとくずれていくひともある。ぼくの耳にもその砂の音がきこえるかのようだった。

行き先は未定で、海図も羅針盤ももっていないが、とりあえず櫂をこいでいる。航海。それは、ありもしないいたみをおもいだす、ことかもしれない。
ありもしないいたみをかかえてひかりのほうへ。さえずる月……はばたく日本海……奥行きは際限なく縺れるのを厭わない。

   *

帰宅すると猫が段ボール箱のなかにいて、ひとこと「箱女よ」といって鳴いた。裸電球。まるでちいさな太陽をのみこんだ金魚が内側からひかりにおぼれているかのようだ、そしてそれがえいえんのおもいでのようでもある。
半纏を着たまま煮込みうどんに卵を落とす。卵には、どこかじぶんの欠落箇所を埋めてくれるような、そんな力強さがある。
眠気をがまんしながらカフカの小説を読んでいたのはいつだったか。入念に掃除しつづけるルンバが、ぼくの記憶をも、いともたやすく一掃してしまう。




スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント