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十月(扇風機、風の重さ、のどのきしみ)


Frank Harrison Trio - My Love And I



首振り式の電動扇風機を物置小屋に仕舞った。ややぎこちない動作で、それでも律儀に、生まじめに風を送ってくれるやつだった。

   *

こげばこぐほど覚醒から遠ざかる盗難自転車。ほこりまみれの地図帳。ゆるやかにまわるかざぐるま。
かんかん照りの日がつづいたせいだろうか、地面のあちこちにひび割れができている。
みずいろの風がふいにぼくのからだを透きとおらせる。精神や思考、行き先までも、ものの見事に濾過してしまう。風は、まるでうすいまぶたの幽霊のようだとおもった。

風がふけばそこにまなざしを置く。いや、置くというよりも、〝植えつける〟。その瞬間、ぼくの散歩はひとまず終わりを告げる。たとえ近所のベーカリーで買った百円パンをくぼませて、
――風の重さ。
などといっても、わらえない。
だれもが地図のない人生を送っているからこそ、理想の地図を求めてさまよいつづけている(キリスト教やイスラム教、仏法の地図……)。ほんとうはどこにもない、とおもっているひとも、ほんとうはどこかにあるはずだ、と信じているひとも、いずれにせよ、これ以上さびしいことってあるだろうか。
ぼくをふくめてこのまちはダチョウばかりだ、ダチョウのまち。

踏切のまえ。おなじみの警報音。わずかにゆれている遮断機。汽車が窓という窓をひきつれてせわしなく通過する。くたびれた遺伝子たちがつり革をつかんでいる(すこしでも蒸発からのがれようとするかのように)。
なんでもないみずたまりが一瞬、絹をまとった白鳥のようにそこから飛びたとうとするのがわかった。

   *

電線のうえの小鳥はかすかにはばたきの気配をまとったまま、なおも静寂を生みつづけるが、きょうもなにも記さない、のこさない、という心象を反証するように、ぼくののどのきしみや心臓の鼓動はうるさい。




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