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タイムマインド(惣一編)(1)


       昭和二十五年 四月

 ──前世。愛子さんは、その言葉をどのように受けとめるだろう。
 口に手をあてて笑うだろうか。首をかしげて困るだろうか。もしくは眉をひそめて怪訝に思うかもしれない。いずれにしても、聞き慣れない言葉にとまどうだろう。僕は、いつも彼女の反応を思い描けずにいた。
 机の引き出しから一つ帳面を取ってぱらぱらとめくった。
 そこには愛子さんとの三年分の思い出が書きつづられている。道端の花の名称を僕にたくさん教えてくれたことや、親の目を盗んで果樹園の掘っ建て小屋に行き、日が暮れるまで彼女とおしゃべりしたことが、文章にかたちを変えておさめられている。淡く、透明な思い出たちだ。
 ページを繰りながら、僕は、そろそろいいのではないかと思った。愛子さんに話してもいいのでは、と。
 僕は、自分の過去を知っている。言葉どおり解釈をすればそのとおりなのだが、これが少し違う。すなわち、今の自分が生まれる前──前世の記憶を所有しているのだ。
 子どもの時分、誰もが前世の記憶を有していると思い込んでいた僕は、親に訊ねたことがあった。
 ──お父ちゃん、お母ちゃん。僕が昔に住んどったところは、どこにあるだあ?
 直後に、親の呆然とした表情は、今でも憶えている。なにを言っているんだと、僕に対して恐れや不気味さを抱いた、あの表情。
 試しに兄や姉にも言ってみると、やはり親のそれと同じだった。
 肉親の反応を見たあと、一番はじめに思った感想はこうだ。
 ──このことは自分しか知らないんだ。人にはしゃべらない方がいいんだ。
 それ以来、僕は前世について口外しなくなった。家族のみんなも、やがて年端もゆかぬ子どものたわ言だったのだろう、と割り切ったようだった。そんなことがあったなど、もう忘れているのかもしれない。
 ──しかし。
 しかし、僕には前世というものがわかる。いや、知っていると言った方が適切かもしれない。
 僕はうやむやな気持ちのまま、十九まで生きてきた。親すら信じてくれない記憶を抱えたままやり過ごしてきた。親しい友人にも言えず、ときには叫び出したくなるほどの衝動に駆られながら、深まっていくわだかまりをごまかしてきた。
 もはや限界に達していた。僕は、奥田愛子さんに聞いてもらおうと決心した。どのような反応が返ってこようとかまわない。ばかにされようがあざ笑われようがかまわない。それに、相手が彼女なら、正直に言えそうだった。
 僕はゆっくりとまぶたを閉じ、記憶の断片を探った。
 しばらくしてぼんやりと、前世の僕が学校に登校している光景が――よみがえってきた。
 時代は明治初期。どこの県か町かもわからないが、あたりは田舎町のようだ。小石を蹴りながら横幅の大きな道の端を歩いていると、友だちがつぎつぎに声をかけてくる。前方に二階造りの瓦屋根、四十坪あまりの校舎が見えはじめた。
 国語読本を読み上げる声が教室に響く。
 ──てのなるほーへ。てのなるほーへ。それ、おにがきました。にげましょう。にげましょう。
 名前は思い出せないが、一人の同級生が教員室に呼び出された。坊主頭がうつむいていて、口ひげをたくわえた校長がつばを飛ばしている。どうやら授業料を払っていなかったらしい。引き戸の窓ガラスを透かして、みんなが室内の様子をうかがっている。坊主頭の親父はろくでもないやつで、毎晩博奕に明け暮れていることは、周知の事実だった。
 ここで記憶が飛ぶ――二つ上の兄が、殴りかかってきた。なぜこんなにも怒っているのか判然としない。僕はやみくもに拳を振りまわして反撃している。しばらくして父が仲裁に入ってきた。僕と兄はみっちりと説教とげんこつをくらい、みそ蔵に閉じ込められた。暗闇の中で兄は泣き出し、呼応するように僕も泣いた。蔵を出てからも当分の間はみその臭みが消えなかった。
 つぎに思い浮かぶ情景は、ずいぶんと大人になってからだ。
 現在の僕と変わりない、農業に励んでいる、自分の姿が見える。水田のぬかるみを歩き、ヒルに噛まれながらもせっせと稲を植えている。額に汗をにじませた野良着姿の妻もいる。僕たちは強い日射しの中で立ち働いていた。
 また記憶が飛ぶ――村落の集まりだろうか、宴会の席で、僕は割り箸で茶碗をたたきながら気持ちよさそうに歌っている。顔はほてり、十分に酔いがまわっているようだ。みんなも手拍子して盛り上がっていた。
 ──農業こそ国家の大本なり!
 ぐでんぐでんに酔っぱらった僕は、威勢よくこう唱えた。
 ──増産増収はもちろんだが、適地適作、品種改良、病害虫防除、栽培技術の改善などに研鑽を積み重ね、従来の農業体型から逸脱し、気候風土に適した特産物を取り入れた複合経営に取り組み、近代農業経営の代表的指標となることを、ここに誓います!
 帰路、千鳥足の僕を支えている妻の横顔は、なんだか楽しそうだ。
 大義名分を打って農作に従事したものの、僕より優秀な者はたくさんいて、結局は蚊帳の外といった恰好だった。しかし、僕は田と畑を往復する平素に満足していた。穀物や野菜が育っていく過程を見守るだけでよろこびを味わえた。子どもたちの世話は妻に任せ、できるだけ農業に携わった。純粋に夢中になれて、人生を捧げてもいいとまで思っていた。
 前世の僕はささやかな幸福に満ち満ちていた。
 そして、還暦に差しかかるころだろうか。僕は脳卒中で倒れ、あっけなく人生に幕を下ろした。自ら築き上げたと言ってもいい我が家を眺めているときだった。
 終焉に見た空は、突き抜けるような青空だった。
 こめかみが錐でつつかれているように痛み出し、僕は、遠い遠い遙か昔の回想をやめた。
 僕は長い夢を見ていたかのような錯覚に陥った。感傷などない。胸にもやもやとしたものが渦巻いている。この国のどこかで僕は別の人生をまっとうしたのだと思うと、ふしぎな気分だった。
 人は同じ魂のまま、いつまでも姿を変えながら循環しているのだろうか。
 仏教ではそれを輪廻転生というらしい。
 ──愛子さんはどう思うだろうか?
 僕は、この生まれ変わりの現象を誰かに信じてもらいたかった。自分だけが特別な記憶を持っているという圧迫感にたえきれない。小さいころはよく、自分だけがおかしいことに、ある種の後ろめたさややり切れなさにさいなまれたものだった。
 ──初瀬惣一(はせそういち)。
 天井の、人の顔に見える木目を、ぼうっと眺めながら自分の名前をつぶやいた。そうしないと自分が自分でなくなっていくような、薄れていくような気がしたからだ。
 ――よし、僕は初瀬惣一だ。ほかの何者でもない。
 もう一度、力強くつぶやいた。




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