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タイムマインド(プロローグ)

 エレベーターから降りると、そこには、なんでもあった。
 いろんな色の洋服がずらっと並んでいて、いろんなかたちのアクセサリーが置かれていた。いろんな人たちも、いた。
 お父さん、今度のボーナスで買ってくれないかしら。お母さんはそう言いながら、いろんな色とかたちのものをながめていた。
 ねぇ、おもちゃ持ってきていい? 僕はお母さんを見上げて、向こうにあるおもちゃのコーナーを指さした。
 ──しょうがないわね。安いものだったら、買ってあげる。
 その声を聞いて、僕はうきうきした気分になった。思いきり走って、おもちゃコーナーに向かった。走っちゃダメよ、というお母さんの声を無視した。
 いま流行りのカードゲームやヒーローの人形。新しいゲーム機に新しいゲームソフト。ほしいものばかりだった。どれにしようかな、と、僕はつぶやきながら、歩きまわった。
 たまにお母さんといっしょに来るデパート。僕はここが大好きだった。見たことがないものがいっぱいあって、一日じゅういても飽きない。上の階ではヒーローたちが戦っているし、下の階にはおいしい食べ物──大好物のトロトロアイスとか──がたくさんある。それに、がやがやした感じも好きだ。お姉さんや、おばさん、おじいさん、お兄さん、僕と同い年ぐらいの子。赤や青や、黒、ネズミ色──さまざまな服を着た人たちがここにはいる。見ているだけで、わくわくする。どこを見ても、きらきらしている。まるで魔法の国だ。
 そのとき、にぶい音が聞こえた。後ろを見ると、ひとりの女の子がおもちゃを落としていた。その子は僕を見ていて、驚いたような顔をしている。
 髪が長くて、目が大きい。英語の書かれたワンピースを着ていて、僕よりも少しだけ背が高い。たぶん、ひとつかふたつ、年上だと思う。
 あゆほ、なにやってるの。おもちゃを早くもとに戻しなさい。と、ワンピースの女の子のところにお母さんらしき人が走ってきた。きれいな女の人で、ひらひらしたスカートをはいている。
 あゆほと呼ばれたその女の子は、僕のほうをじっと見ていたけれど、すぐにお母さんの後ろに隠れてしまった。でも、顔だけは出して、やっぱり、僕を見ている。僕はどうしたらいいかわからず、ただうつむいて、ときどき、少女のほうを見た。
 ──舜也(しゅんや)、ほしいものは決まった?
 振り向くと、僕のお母さんがこっちに来ていた。
 と。あゆほ、どこ行くのよ、という声が聞こえた。僕はびくっとして、向き直った。
 少女がエレベーターの方に向かって走っている。
 なぜかはわからないけれど、追いかけようと、僕は思った。
 僕の名前を呼ぶお母さんを無視して、僕は駆け出した。胸の中にもやもやしたものがあふれきて、ふしぎな気分になった。
 洋服と洋服の間を、人と人の間をすり抜けて、ぶつかりそうになりながらも、女の子の背中を追いかけた。
 ──待って。待って。
 いつのまにか僕は叫んでいた。待ってよ、と。
 女の子はエレベーターには乗らないで、横の階段を降りていった。僕も急いで階段を降りていく。が、途中でつまずき、床に転げ落ちた。
 僕は痛みを我慢して、のろのろ立ち上がった。手のひらがひりひりしたけど、普段ならお母さんを呼ぶかもしれないけど、泣くかもしれないけど、今は我慢できた。
 女の子はもう出入り口に向かっていた。長くて黒い髪の毛が、ふわりふわりとはずんでいた。僕は慌てて走り出した。
 階段でこけたことよりも、あの女の子が逃げていくことに、悲しくなった。なんで逃げるの、と、僕は泣きたくなった。逃げないでよ。こっちに来てよ。
 レジのそばを通り過ぎようとしたとき、太ったおばさんとぶつかった。
 ──ごめんなさいね、だいじょうぶ?
 僕は唇を噛んで、うなずいた。そしてまた、走り出した。
 もうすぐ出入り口だった。手や足に力が入る。僕は全力でそこに行った。
 自動ドアは思ったよりも開くのが遅くて、おでこを打ちそうになった。
 外に出た。デパートよりも息がつまりそうなくらい、たくさんの人たちが歩いていた。コンビニやお花屋さん、パン屋さん、ピザ屋さん、背の高い建物に背の低い建物があちこちに並んでいる。遠くにはビルがにょきにょきと生えていた。空からはうとうとしてしまいそうな、あたたかい太陽の光が降りそそいでいる。左を見て、右も見た。どこにもあの女の子はいなかった。
 せっかく会えたのに……。そう言ってから、僕は、自分の言葉に驚いた。
 なんでそんなことを言ったのだろう。
 なんで、あの子のことがこんなにも気になるのだろう。




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