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十月(バルザック、てんとう虫、読書家)


『誕生』 中村 中



オノレ・ド・バルザックは1850年の夏に51歳で死んだ。そしてぼくのじいちゃんは昨年の秋に85歳で死んだ。バルザックとじいちゃんは、もうこの世にいないこと以外、なんの接点もない。じいちゃんは本を読まないひとだったし、芥川龍之介や夏目漱石、森鴎外くらいは知っていても、幸田露伴や永井荷風になると、たぶんきっと、わらってごまかすか、知ったかぶりをするか、そのどちらかだろう。では、なぜぼくがバルザックの死と、じいちゃんの死をひきあいにだしたかというと、ただたんにそうおもったからだ。……
カフェの店員さんに「なに書いているの?」ときかれ、「ただのおもいつきです」といってノートを閉じた。コーヒーは、すっかり冷めている。まぼろしの魚たちがそこここで午後の午睡を食べている。

   *

百ページ目をひらくと、もう何日も指先に居ついていた、けっしてはなれようとしなかったてんとう虫が、背中をぱっとひらいて飛びたってしまった。百ページ目をひらく、というのは、はたして動機のひとつだったのか。あるいは、百ページ目をひらく、ということとは関係のないところでてんとう虫は飛びたってしまったのか。

……本を閉じるときはさびしい。夢からさめるような、むかえたくない朝をむかえてしまうような、そんなさびしいさびしさが、その一瞬にすべてつめこまれている……

子どものころに「読書家」に誘拐されたことがある。「読書家」の屋根裏部屋に幽閉された五日間、ぼくは本を読んですごした。本を読んでいるうちに認識は〝幽閉〟から〝隠遁〟へ、〝隠遁〟から〝墓場〟へとかわっていった。なんてたのしい墓場だろう! とぼくが快哉をさけぶと、「読書家」の顔はくもり、「もう帰っていいよ」としずかに別れを口にした。
あれからなんどか近所で「読書家」を見かけたが、彼はその都度、ぼくを無視した。

   *

おもいきり自転車のぺダルをこぎながら、まなざしのゆくえをさがす。

(ありもしない鳥のはばたきが、
非在の記憶
のようなものを書き換えようとしている)




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