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群衆(5)(絵・ひがしもとしろう)

群衆(5)(絵・ひがしもとしろう)



 ……「一」だよ、おじさん。答えは「一」。あたしたちは「一」で、この「一」が増えることもなければ、減ることもない。あたしたちは「一」のまま、延々と移動し続けるしかないわけ。
 彼女の言うとおり! 出し抜けに三列ほど前から野太い声が上がった。私たちは「一」だ! 互いに確かめ合い、頷き合い、くっつき合い、笑い合いながらも、決して交わることのない「一」だ! この「一」の構造を解き明かすのはほとんど無意味だ! 受け入れるしかない! みんな、受け入れよう!
 しかし、あるのは記号だけではないのか? 別のところで誰かが反論する。我々がここに閉じ込められている以上、「一」という、唯一観察可能な視野さえ持てないのではないか?
 次第に方々で議論が交わされるようになった。両手を高々と突き上げ快哉を叫ぶグループもあれば、服をつかみ合って小競り合いを始める者たちも出てきた。もっとも私の関心を引いたのは、帰りたい、ここから抜けたい、と訴える人たちの存在だ。彼ら彼女らは静かに、しかし執拗に、みすぼらしく、愚痴っぽく、じわじわと周囲に波紋を広げていった。
 ふと、近くの誰かが、幼かった日のように……、と呟いた。ひどくかすれた声だった。その言葉に反応したのはどうやら私だけのようだった。私はやや首を伸ばし背筋を伸ばし、爪先立ちになってその声の主を探したが、特定できなかった。
 この行進はいったいなんなのか、自分なりに考えてみる。私たちは何か? 私たちに今、許されていることはなんだろう?




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