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たりないいたみ(写真・時本景亮)

たりないいたみ(写真・時本景亮)



会社のロビーではじめてあなたと会ったとき、あ、だめだ、とおもった。わたしはなにかにおびえるようにあなたから目をそらし、ただひたすらはなしつづけた、はなしつづけるしかなかった。あなたはどうかしらないけれど

わたしは「似ている」とおもったし、なにかしらちかしいものを感じた。歌詞のない子守唄をくちずさみながら、おもいきりアクセルをふみこんだ。

一回一回、会うたびにわたしはあなたを困惑させるばかりで、すなおに微笑をかわすこともできなかった。ほんとうにつたえたいものほど、胸のうちには秘めやすく、どうでもいいことほどすらすらと口をついてでるものだ。たとえば、とるにたらないドラマの最終回の感想とか。なんども会わないほうがよかった

と後悔しながらも、なんどもあなたのことをかえりみる日々は、
たりないいたみ、
をかかえるしかなかった。

(まどべには鳥かごがある。ときおり、日ざしや風を住まわせている。ことりはやってこない)

もう会わないだろうし会えないだろうと覚悟して髪を切ったあと、ファストフード店であなたを見かけたときのおどろき、といったらなかった。わたしはあわててテーブルにつっぷしてあなたの視線を避けた。あの日からわたしはいったいなにを待ちつづけているのか。おなじまちでくらしているのだからと、いまもまだ、あわい期待をいだいてしまう。たった一本の糸でもちこたえているかのように――。

ふいにつよめの風が部屋にふきこんできて、一冊の本のページをはばたかす。
はじまることのなかった日付がまいあがる。
まるでいつかのだれかさんみたいに饒舌だね、わたしはひとり苦笑する。
いつも目をそらしたり、しゃべりすぎたりして、

たりないいたみ

ばかりかかえていた。たえずひとにふれることをおそれ、おびえるばかりだった。おもいがつのればつのるほど、いきちがうことしかできなくて、それがあたりまえのことのようにじぶんにいいきかしている。

ことりが二、三羽せわしなく庭をわたりあるきながら、ひかりのつぶをついばんでいる。晴れた日は、よりいっそうすんだ声で鳴くことりたち。
このまどべの鳥かごにはもう二度ともどってきてはくれないだろう。

けっして胸のうちをあかさないことりは、わたしのなかにしかいない。




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