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十月


santana- black magic woman



風のふるまい
のなかにひそむ種子は、
いったいなんのざわめきなのか。

鳥がふいに静寂をやぶると、
木の枝はすこしだけ、ざんねんそうだ。

   *

詩が好きなひとと県立図書館へ。ひさしぶりに『現代詩手帖』のバックナンバーをあさってみた。すると偶然、第56回現代詩手帖賞を受賞された水下暢也さんの詩「はるさきで」が目にとまった。なんども読みかえしているうちに、胸のなかにふつふつと読後の余剰のようなものがこみあげてきた。新人欄の投稿者の大半は「これからのひと」であり、おおくの投稿詩が「これからの詩」であるが、水下さんの詩はほとんど完成され磨きあげられているようだった(「受賞のことば」で選者や母親に率直に感謝の気持ちを伝えているところにもぐっときた)。「世のなか捨てたもんじゃない。こんないい詩人に出合えるのだから」そういって詩が好きなひとに見せると、詩が好きなひとはそくざにぼくの手から雑誌をうばいとり、貸出カウンターへ走っていった。ぼくはほんとうに、世のなか捨てたもんじゃない、とおもった。

――現代詩手帖、たくさん借りられていましたね。どんなひとでしょう。
――たとえば、新人欄に投稿しようとおもって、入選作を読みかえしているのかも。
――水下さん、詩集をだされるでしょうか。
――だすべきひと、だとおもう。あんなに書けるのだから。
――依田冬派さんは詩集、だされていないでしょう。
――それはそれで、また、うつくしい。

(森の奥深くにある湖に木の葉が落ちる。だれも――ことりさえも――気づかない、しずかな詩を書きたい。)

原稿用紙に、あるいはパソコンにむかう水下さんは、いったいどんな感じだろう。まなざしの影のようなものをしたがえているのだろうか。みずからの呼吸を、その一音一音をききもらさぬよう神経をとぎすましているのだろうか。
原稿用紙の升目は、ときにはことばをこばむこともあるだろう。ほどけない感覚をほどこうとして、だからこそよけいにからまり、もつれてしまうこともあるだろう。そのとき詩人は歯を食いしばって耐えるのだろうか。

   *

ゆうがた。まどべのみずいろのカーテンからしずかにみずいろがにじみでてくる。まぶたの内側や耳の内側を、まるで傍点のように雨音が通過している。集中というのは、すこしずつ視線に呼気をまぎれこませることだ。




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