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九月


Coldplay - Talk



毎朝、なじみつつある闇をむりやりひっぱがすように目をさます。ありもしない魚のまぶたをおもいえがきながら洗面所へ。

しっとりと、しかも切れ目なくふる雨だった。
網膜にも鼓膜にもまといつくような、
そんないやな感覚がある。

世界が消滅するかというくらいはげしく、せわしなかった虫の声もすっかりまろやかに、おだやかになり、そのぶん、こっちは、こころのなかにぽっかりと空洞ができてしまったようで、さびしい。
てのひらでそっと、風の深さをおしあげてみる。
子どもをもちあげるように、そっと。

紙をめくる音。
ちびた鉛筆。

東京タワーではたらくのがゆめだった。でもいまは、歩道橋をわたるときでさえ膝ががくがくふるえてしまうほどの高所恐怖症だ。
いつだったか。裸電球ひとつたれさがった屋台。
ひかりをのみこんだ金魚が、そのひかりのなかにおぼれていた。

歯医者にいくと、万年筆のキャップで歯をカンカンたたかれた。
「やぶ医者!」とにらみつけると、
「やぶ患者!」とにらみかえされた。

駅まえのロータリーには、タクシーをうばわれた運転手たちが縁石にすわってたばこをふかしている。みずたまりになにやら小鳥の切手などを貼っているひともいる。アスファルトのひび割れからのびた茎が風にゆれている。ついでに虫の触覚もゆれている。なつかしいバニラのにおいがする。それから、

「わたしがこけるとどこかでテロが起こる。だからこけてはならない……」
などとつぶやいているご老人とすれちがう。

行列がこわい。

行列がこわいのは、そこに顔がないからだ。
存在も、熱気もあるのに、顔がない。
じぶんも、ついそのなかに身を投じたくなる。
そういうこともふくめて、こわいのだ。

   *

亡びし樹にぞろぞろと羽蟻ぞろぞろと(西東三鬼)




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