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九月(「本と本屋とわたしの話」)


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 古書店「街の草」さんからスマートレターが届いた。開封するとそこには小冊子『本と本屋とわたしの話』(14号)と手紙がはいっていた。手紙にはでかでかとした、恰幅のいい書きぶりで「押し売りで恐縮なのですが、『本と本屋と~』14号が出ましたので、必要かと(勝手に)存じ、お送りいたします」とあり、おもわずふきだしてしまった。そして、まだお会いしたことのない店主、加納さんの笑顔――いや、したり顔というべきか――をおもいうかべた。
 詩を書くようになってからというもの、ときどき、活きのいいおとなに出会う。活きのいいおとなは、粋である。もちろん、社会にも活きのいいおとなはいるだろうし、そういったおとながいるからこそまだ世のなかはマシなのだろうとおもう。世のなか捨てたもんじゃないとおもうのは、そういうおとながいるのを知ったときだ。
 『本と本屋と~』の第一話の執筆者は清水裕也さん。神戸の古本屋「トンカ書店」のことを書かれている。お店のようすや店主の人柄を、ていねいに、正確にとらえることで、そこから筆者のまなざしの清潔さまでたちのぼってくるような、そんな――読んでよかったとおもえる――文章だった。たびたび、こころの琴線にふれてくるものがあった。
 何年かまえ、トンカ書店で「『詩人と本棚』展」がおこなわれたときのこと。そのとき、街の草店主、加納さんの寄稿が清水さんの目にとまった。
「〝これらの詩集の中には、高名な詩人も、ただ一冊きりの詩集しか持たなかった詩人も含まれているのだろう。評価の高かった詩集も、誰からもかえりみられず、忘れられたままの詩集もあるのだろう。そのすべての詩集が、同じ価値を持つ詩集として、この本棚の前に立つひとの手に開かれることを、求めていると私は感じる〟」
 ひとごとではないことば、だった。まだ詩集を一冊しかだしていないぼくにとっては、まさしく〝たからもの〟のようなことばだった。
 清水さんの文章をつうじて加納さんの文章に出合えたこと。そしてなにより清水さんの文章にふれることができたのを、僥倖だとおもった(いささかおおげさかもしれないが、ほんとうにそうおもったのだ)。
 ぼくのような内気でひとみしり、ひっこみじあんにも、ちゃんと声をかけほほえみかけてくれるおとながいるというのは、やっぱり、世のなか捨てたもんじゃない。


本と本屋とわたしの話(14)


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