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九月(NHKラジオ『文化講演会』、「いま、ここ、私~悔いの無い生き方」、千代川宗禎さん)

 朝六時、いつものように寝床で仰臥したままぼうっと天井を見つめながらNHKラジオ第二放送「文化講演会」(再放送)を聴く。講師は天長山迎福寺副住職千代川宗禎さん。曹洞宗のお坊さんといえど十代二十代のころはいろいろと悩みや葛藤があったようだが、山居して修行をかさねるうちに、身心一如(「心身」ではないところに注目)――こころよりもまずはからだを慣らすことが大事だと気づく。からだが慣れればあとでこころがついてくるのだと。
 では、慣らすとはどういうことか。もっとも手っとり早い方法は、じぶんのなかにルールをもうけることだそうだ。じぶんのなかにルールをもうけ、身心一如をめざす。五分でもいい、椅子にすわってでもいい、呼吸をととのえ、こころをととのえる。一日いちにち、規則ただしく、しっかり生きる。それが悔いのない――さしひきで納得のいく――人生となる。
 また、足るを知る(「知足」とは、老子のことば)ことも大事で、コップに水が七割八割はいっていても、ひとは〝たまっていない/たりていないぶぶん〟を見てしまう。子や孫がいる家庭とくらべてもしかたがない。なにができなかったか、というよりも、なにができたかにもっと目をむける必要があるのではないか。なにができたか。それをちゃんと自覚できるようになれば、人生の見方もかわってくる。
 いのちはいつつきるかわからない。じぶんの人生が閉じようとするとき、のこされる側のひとたちに――とくに家族や友人らに――「いい人生だった」とおもってもらえるかどうか。じぶんじしん、さしひきで「いい日がおおかった」とおもえるかどうか。
 宗禎さんは『修証義』第五章「行持報恩」に悔いとむきあうための重要なヒントが隠されているのではないかという。機会があれば読んでみたい。
 なかなかむずかしいところもあるが、いのちをまっとうすることについて、深く考えさせられた。
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