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九月(「すっぴん!」、谷川俊太郎、バウムクーヘン)


たかをくくろうか(ビートたけし)


 午前九時ごろ。NHKラジオ第一放送「すっぴん!」をながしながら仕事をしていると、詩人の谷川俊太郎さんのお声がきこえてきた。パーソナリティーは作家の高橋源一郎さんだから、おもしろくないはずがない。トークは軽妙洒脱、にぎやかなことばが縦横無尽に飛びかっている(それもそのはず、おふたりの出会いは三十五年以上もまえ。谷川さんは四十九歳、高橋さんはまだ三十代前半だったという。ちなみに、当時谷川さんは金子光晴を意識して和服を着ていたらしい)。耳を二倍も三倍もおおきくして、スマートフォンのほうににじりよった。
 もっとも印象にのこったのは、「バウムクーヘン」だった。谷川さんの新詩集のタイトルでもあるバウムクーヘン。だれもが人生を坂にたとえたり、いいとき、わるいとき、といったいいかたをするが、谷川さんはちょっと首をかしげる。「人生は木の年輪あるいはバウムクーヘンのようなものではないか」というのだ。慧眼だと、おもわず快哉をさけんだ。
 生まれたばかりのぼくやわたしは、はだかんぼうだ。あたたかい毛布にくるまれ、母親の胸に抱きよせられるが、まだなにもない。うつくしいいのちだけがかがやきをはなっている。
 成長するにしたがって、すこしずつ「わたし」の厚みがましてくる。くるくる、くるくる、めまぐるしいはやさでなにかにおおわれていく。ときにはむなしさやはかなさやいきぐるしさを感じることもある。
 しかし、「わたし」は過去のものではない。逃げたり消えてなくなったりはしない。つねに人生の中心にあるのは、はだかんぼうの「わたし」だ。
 谷川さんはいう。「子どもの詩を書くと、そこ(バウムクーヘンの中心にいるじぶん)にもどれる」と。「おとなはただたんに見栄をはって隠したりごまかしたりしているだけ」だと。
 谷川さんはさらにいう。「詩に優劣をつけるのはやめた」と。「いいわるいはない。結局、〝棲みわけ〟なのだとおもっている」と。

 そして、「いまは詩を書くことが救いになっている」と。

 うーん。とてもいい回だった。


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