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表札のない場所で

表札のない場所で(1)



路傍の花が咲く前に、故郷に
別れを告げて、ただ明るい、
ただ明るい道を歩き始める。
どの家も、窓も、扉も失って
いるが、人の気配は濃密で、
木製のスプーンでヨーグルト
のびんの底をつつきながら、
我々の春は明るい、ただ明る
い、と歌っている。夜空に下
弦の月がぶら下がっていて、
その紗幕の向こうでは鴫が地
図を栽培している。
(金がないので、暦が、日付
を売り、家が、窓を売り、扉
を売る。今、この瞬間も、世
界はどこかで売られ、買われ
ている。表札のない場所で。
ただ明るく、ただ明るい)
子犬が鎖を食いちぎるように
私は私を自由にできるか?
そして私は一人でもこの世界
に喝采を送り続けられるだろ
うか?
朝焼けをはらんだ汽車が夜を
削りながら通り過ぎる。
地図はこんなふうに栽培する
ものなのだと鴫が得意そうに
言う。
帰属するべきところがないの
だと私は答える。
ただ明るく、ただ明るく、答
える。



表札のない場所で(2)




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