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九月


AM11:00 - HY with 桜井和寿 ap bank fes 06 LIVE


ドストエフスキーの『地下室の手記』を読みかえしていると「悲しみの中ですら、人生は良いものだ」とあった。「どんな生活であろうと、この世に生きるというのは素晴らしいことさ」、と。
ロシアの文豪がそういっているのだ、そういうことにしておこう。

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昼下がり。仕事の合間を縫って、市内にある新古書店をはしごする。漱石の『三四郎』や『硝子戸の中』、森博嗣さんの『女王の百年密室』や高野史緒さんの『カラマーゾフの妹』、湯本香樹実さんの『岸辺の旅』、それから『The Watchtower Warrior』という洋書を購う。北野武さんがテレビかなにかで「ほんとうの趣味というのは、仕事の合間を縫ってでもやってしまうことだ」というようなことをいっていたのをおぼえているが、以前にくらべればずいぶんと購買欲がなくなったほうだとおもう。本を無理して買わなくなった。読書だけにかぎらず、あらゆる欲が欲情しなくなりつつある。もちろん、睡眠欲と食欲はあるにはあるが……そういえば、お酒の量もへってきた。

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いつだったか、ネットで入手したバリーユアグローの『一人の男が飛行機から飛び降りる』という短編小説集から、ページをめくるごとにたばこのにおいがして読めたものではなかった。飛行機から飛び降りた男性が空中で大量のラブレターをばらまく、なんともすてきなシーンに、たばこのにおいが付着していることに腹がたったのだった。たしか中村明さんの『感情表現辞典』に付着していた香水のにおいもだめだった。古本のいたみ具合やよごれには寛容なほうだが、においにはなんともたえがたいものがある。

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古本のいいところは、(じぶんがいま、そうしているように)この本にひかれページをめくったひとが――そして願わくはこの本のことばに胸をふるわせられたりしたひとが――この世界にかならずひとりは存在している、ということが実感できるところだ。

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映画でもいい、小説でもいい、物語にふれているときに、あ、と気づくことがある。あ、ここにはぼくがいる。なぜこんなところにぼくがいるのか、と。
共感というのは、見えない世界、ここではないどこかにも「ぼく」や「わたし」がいるのだと気づかせ、知らせてくれる呼び水のようなものだとおもう。
じぶんこそ、もっとも遠い惑星の住人ではないか。
そしてその惑星の「ぼく」や「わたし」と通信する手段がわからないからこそ、もどかしいのではないか。
いや、そもそも、じぶんなんてものはない、のかもしれない。ない、ということをもふくめて、あるのだとすれば、やはり物語のちからを借りて確認するしかないのではないか。


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