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九月


Dream On - Aerosmith



鳥が、ふいにまどべにやってきては、
たとえばヘンリー・D・ソローの『ウォールデン 森の生活』(小学館文庫)のうえに
えたいのしれない種をおとしていく。
いったいなにが育つのか、育たないのか、
あれこれと想像をめぐらしながらページを繰る。
その本のなかでは、鉄道は
融通のきかないもの、すなわち〈アトロポス〉。
ぼくもまた、
運命の女神の指図にうべなって生きている
というのだろうか。

   *

そろそろじぶんの生きかたを変えなければならない
時期にきているのかもしれない。
普段着で生きることよりも、
まずはよそゆきの服を選ばなければならない。

なにをさがしているのか、さえもわすれてしまったときは、
とりあえず「人生」だとじぶんにいいきかす。ことにしている。

(じぶんにできることよりも、できないことのほうを考えてみる。できないことはたくさんある。運動神経もなければリズム感もない。字は下手だし、病気がちだし、おまけに方向音痴。いつもなにかを考えているけれどそれがなんなのかわからない。わからないことばかりがわからないので、さっぱりわからないまま、このわからなさからはなれることもできずに、わからない、わからない、などと頭をかかえ首をふっている、というのはさすがにおおげさだけれど、けれどもまあ、そんなふうにじぶんじしんのわからなさとつきあっている、といったところだ……)

   *

海辺にいくとちいさなサメの死骸と出会った。
もうすでに死んでいるにもかかわらず、
死んでいるからこそ、
よそゆきの服だ、とおもった。
それにしても、あまりにも気まずい出会いだ、だれでもいい、
帰り道がおなじだという理由だけで、すこしだけ、つながっていたい。
ぼくたちの発する正弦波。世間は出会うようになっているのだから。
沖のかなたからたえまなく生まれてくるものの正体を、
はたしてぼくの目や耳でとらえることなどできるのだろうか。
ほんとうの波でもない波に日付をあたえるのだとすれば、
それはいったいいつだろう?
じぶんがじぶんでしかない、
だからかなしい。


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