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八月


沢田研二 時の過ぎ行くままに



カーテンのドレープからまかれる種子を、
あこがれ、と呼びたい。
いくどもおりかさなりながらも、
かたちのない風をあかるくかくまう。
定点に依拠することを
いともたやすくしりぞける。
根拠や基盤、基準よりも
なにもかもがこのよるべなさに、もう、
しゃがみこんでしまいたいのだとおもう。
いつごろからひとは遠ざかるのか。
鳥は飛びたつのか。
だれもいないこの部屋で
カーテンのドレープからまかれる種子を、
あこがれ、と呼びたい。

   *

見通しのきかない疲れのようなものをひきずっている、齧歯目の歩行。
道ゆくひとの勝手気ままな哄笑やしかめっ面、身ぶり手ぶりを摘むために、
ときにはせつなく、ときにはなつかしく、ひかりの粒子を蹴散らしていきたい。
ベンチに腰かけてまどろんでいる犬や、
その犬にまとわりつく亡霊。

(いつのまにか鳥たちが、ぼくの方位をくわえて飛び去ってしまったようだ)

   *

鳥も、ひとも、真空のなかでは生きられない。
どのタイミングであっても、風がふくというのは、
適切なのだといまならわかる。
ふりかえれば、さらば。ばさら。ばらら。ばばら。


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