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静けさの復習(93)

 ぼくたちは、いまにも西日に溶け込んでしまいそうな、どこかいたいけな海辺を歩きながらも、ときどき足もとに視線を落として、記憶のかけらを――ぼくたちにとってもっとも切実な記憶のかけらを――探し求めた。流木、ビール瓶、食後のプリンカップ……。
――それにしてもなぜ椅子がこんなにもたくさんあるのだろう?
 ぼくはこいびとに向かっていった。こいびとは、聞こえたのか聞こえなかったのか、ただじっと沖のほうを見つめている。
 木製の椅子からパイプ椅子まで、ありとあらゆる種類の椅子が打ち捨てられている。脚が折れた椅子もあれば、新品同様、白木の椅子もある。絶え間なく寄せてはかえす波のいたずらを、むしろいとおしむように椅子たちは、ここに、この場所に――かすかにおたがいの〝ものとしての存在性〟を主張しながらも――ただ「在ろう」としているかのようだ。
――なんでこんなにも椅子が……。
 そういいかけたところで、ぼくははっと息をのんだ。
 沖に一艘の船が忽然とあらわれたのだ。あるいは光の反射かなにかのせいでよく見えなかっただけかもしれない。とにかく一艘の船が出現した。
 その船はあまりにもゆるやかな、なめらかな速度で水平線に接近し、舳先で水平線を跳ね上げた。
 船の舳先に跳ね上げられた水平線は、まるで三味線の弦のようにベン! と、いい音が鳴ったようだった。音が鳴り終わってからもしばらくの間、ふるふるふるえていたが、どうやらそのふるえは波の凶暴さを呼び覚ます効果があった。
 たちまち巨大な――優に百メートル以上ある――波がのっそりと立ち上がり、そのままの状態で数秒間、静止した。静止したのち、ゆっくりとまえへ、まえへと歩きだす。
 歩きだす――。そう、まさに怪物そのものだった。
 早いのか遅いのかわからないが、あきらかに海岸を目指している。ぼくたちを、このまちを、のみ込もうとしている。すこしずつなだれかかるように一歩一歩、渾身の力を込めてやってくる。
 ぼくはこいびとの手を握りしめ、こいびともぼくの手を握りしめた。
   *
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――あ!
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